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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

体のなかの野生
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    “ひとは、こんなに膨大な数の利器に頼らなくても、自分の体を使って、自然界と直接触れ合いながら恵みを得て生きていける。”
     この想いが山での暮らしをはじめることとなり、そしてこのブログを書くこととなりました。

     こんにちは、大口のまです。

     このブログをはじめてから月日が経ち、さまざまなこころみとともに生活を綴って来ました。やまの暮らし、自然界との結びをたしかめながら生きること。
     まだまだこころみていない事柄はたくさんあって、はじまったばかりだと思います。けれど、このこころみを通して、やまの恵みで生きることはできるんだ、人は、自然との結びを感じることができるんだ、ということは確かめられたと思っています。そしてそれを、このブログを読んでくださった方に伝えることが、できたと思います。
     やまで生きたいと願っているひとに、それは十分可能なんだよ、と知らせることは、このブログを書いた大きな目的です。ここに書いてきたことで、生き方の道しるべとなるものが少しでもあって、役立ててもらえれば嬉しく思います。


     おれは都会の真ん中で生まれ、育ちました。コンクリートに埋め尽くされた地で、自由に息のできない空気の中で育ちました。医者からは虚弱体質ぎみと言われたこともある都会育ちのおれが、やま(自然界)で生きたい、そう最初に念じていたのは5〜6歳のころだと思います。ものごころついたときから、すべての生き物、すべてのモノにこころがあり、それがなによりも親しみを感じる存在でした。

     いま、体は十代のころよりもますます動き、心とともにさらなる自由への広がりを感じています。


    * * * * * * * *

     今年に入ってから、大きな変化がありました。たくさんの出来事の中で、おれは過去を振り返りました。東京に住んでいたときの過去が、いまのおれに何度となく呼びかけてきました。いえ、いままでもそうだったのですが、それを聴くことがおれにはできずにいたのです。

     過去のすべてを、体は覚えています。生まれる前からの、胎児からのすべての記憶を、体はきちんともっています。

     辛い出来事に遭遇したとき、意識はそのできごとを閉め出そうとすることがあります。おれは、知らず知らずにそうして来ていました。相談できる相手が誰もいない子供のおれにとって、そうすることでしか自分をまもることができなかったからです。それは生き残るために必要なことだったと思います。
     けれどそれは、自分の体のことを無視することだったのです。おれをこの世界にとどまらせてくれている、たった一つのおれの体を、おれは永いこと無視して、耳を塞いできました。体と心(意識)は分離して、噛み合わない歯車のように、お互いを翻弄することから避けられなくなっていました。

     今年おれは、あるきっかけをもとに、体の声をしっかりと受けとめ始めました。たくさんの痛かったこと、辛かったこと、悲しかったことを一身に抱えたこの体が、おれを守ってくれていたことに気付きました。体がその痛みを引き受けておれの心を守ってくれなければ、おれはまともでいられなかったと思います。
     いまのおれは、逃げることなく、あの頃の痛みを受け止めることができるようになりました。体に感謝しつつ、痛みのひとつひとつを受け止め、体と心で共有しようとしました。
     そのたびにおれは、軽く、楽になっていくのを感じます。
     分離していた体との結びを取り戻していくこと。
     この体は地球が生み出した生物のひとつ、おれが地球からかりている、自然そのものなんです。

     体のなかに野生が生きています。

     この野生の生き物は、つよい生命力をもっていて、それを発揮することを楽しみながら、おれたちを生かそうとしてくれています。たとえ辛すぎる出来事から心が閉ざされてしまったとしても、体はいつも耐え続け、心の目が体に向かうのを待ち続けています。


     やまで暮らし自然界にできるだけ近づいていく生活を求めるなかで、いまのおれにとって、もっと必要なことが、自分の体の野生を本当の自分のものにすることだ、と感じています。
     いまはこのこと、自分の体をよりよく、より楽しく使える・生きられるようにしていくことに、全力を注ごうと思います。四十年近くを生きることをともにしてくれているこの体の、何一つも無視しないで受け止めて、きちんとひとつになって、ひとり立ちできるようになることがまず必要のようなのです。


     そんなわけで、いままでのように暮らしのなかでのことを書き綴ることは、あまりできなくなりました。
     体のこと、体を通して自然界を知ることについて、そのうち新しくブログを書きはじめるかもしれません。その時また、読んでいただけたら幸いです。

     それではまた、お目にかかりましょう。


     どこに生まれ、どんな環境に育とうとも、いのちはいのちのちからで生きています。
     あなたの体にも、野楽は生きている。
    | 遠吠えと谺 | 22:30 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    反閇
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      このブログで何度か反閇(へんばい)という言葉を使っている。
      反閇とは、独特の足捌きで地を踏みしめ、邪気を祓い地霊を鎮めるための動きだ。地味な歩法のものから、しし舞い(獅子舞い、鹿舞い)や鬼剣舞のような踊りに発展したものまでさまざまだが、魂を鎮める、という意味では、みな源流をたもっている。

      魂―――食べ物となった鹿や、死者、祖先の霊。
      自分がいまここに生きているためにちからを与えてくれたものへの、それは祈りだった。
      足を動かし土を踏みしめて、自分の体を大地に結ぶ。
      地球上どこにあってもひとびとはこうして大地と自分とのつながりを確認して来たのだと思う。
      ひとは、二本の足で立っている。この二本の足がいつも地につき、大地からちからをもらっている。

      * * * * * *

      タシナさんが語りはじめるとき、輪に座ったひとびとの中心で、東南西北よっつの方角に祈っていた。手のなかにもっていたものを置く。いままでたくさん大地を踏んできた鹿のひづめです、と言った。

      “ごらん、彼の角ぶり。まるで雷の如(よう)な角ぶり。ごらん、彼の高く上げた頭(くび)。まるでこの森(やま)の樹の如(よう)だ。オレたちが近ひと解っているのに、彼が動かなひ。彼の蹄(ひづめ)が深く大地に入っている。まるで彼の蹄(あし)から大地の乳を吸っている如(よう)。”
             (タシナ・ワンブリさん「約束」から)

      鹿も狼も大地を駆けてきた。
      アイヌもインディアンも足を踏み鳴らして踊る。
      弓の島のこの民族は、足を地に摺(す)るようにして歩を進め、舞いを伝えてきた。膝を曲げ腰を落とし、体の重さを大地にあずけ、体の使い方をより高度なものへと昇華していく。無駄な力を抜き、息を通し、しなやかで粘りづよく・・・

      病い(止まい)がたまると、体は咳をし、震え、熱を出し、
      動きながらくるいをなおす。
      病気は、硬くなった部分をほぐして柔軟さをとりもどす自発運動だ。
      生きているものは、自分で調べを整える。

      それは地球も同じだ。
      強い嵐、地の震え、熱の調整、からだを動かして病いをほぐし、なおしていく。
      よりよい生にむかって。


      からだを動かしながら大地を感じ、大地と同じ調べを奏で、より健やかにゆきたいと思う。



      ※関連記事

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      子狐の足跡
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        ここは水気の多い山地、四月に雪が降ることもめずらしくない。暖かいのですぐに溶けるからとくに問題もなく、晴れた朝は屋根から落ちる雪解けの水音が目覚ましとなる。

        家の脇の沢に架けてある橋に、狐の足跡があった。


        狐の足跡は一直線に出来る。前足で踏んだと同じところを後ろ足で踏むため、左右のブレも少く、まっすぐな並びとなるのだ。


        この足跡はとてもちいさなものなので、たぶん子どもだろう。こんなに人家の近くまで狐が来るのを、今まで見たことはない。きっとまだ人間のことをよく知らない子狐が油断してきてしまったのだと思う。

        “堅雪かんこ 凍雪(しみゆき)しんこ
         狐の子ぁ 嫁ほしいほしい”

        賢治の童話「雪渡り」を思い出した。
        | いきもの | 22:21 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
        ザリガニの殻炒め
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          ザリガニを茹でて料理したときに、茹でただけでは硬くて食べられなかった殻を、炒めて食べた。沢蟹を炒めたのと同じように美味いはず。今回はさらに鹿脂を使う。







          硬い部分もあったけれど、沢蟹よりも苦味が少い気がした。
          鹿脂のコクもまじわって、美味しくいただきました。
          | 料理 | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          竃(かまど)再生
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            うちのお勝手には竃(かまど)がある(ここらの地元言葉では、土間のことを「台所」といい、キッチンのことは「お勝手」という)。先日、掃除をして釜をのせ、使えるようにした。
            きっかけは、東京・その他の大学からの来訪者。友人づてに、山村の生活に関心を持っている九人の学生たちが山の暮らしぶりの体験に来たいという。ではお昼は我が家で用意しよう、せっかくだから囲炉裏だけでなく竃の調理も体験してもらおう、と思い立ってのことだった。

            竃といっても、昔ばなしの絵によくあるような土間に直かに作られているものではない。セメントを使った四角いもので、表面にはタイルが貼ってある。煙突は後ろの壁を通って屋外に抜けてい、掃除をすればすぐ使える状態だった。





            何十年ぶりかであろう竃の火。

            囲炉裏と違って空気窓と煙突口以外は密室になっている。熱を放散することなく高効率で釜を熱するためか、思ったより少い薪と時間でお湯が沸く。


            学生たちが来た当日が初の炊飯となる。鉄釜、竃、薪の火で炊いたご飯は一粒ひとつぶがふっくらつやつやとしていて、美味かった。
            囲炉裏に掛かっているのは鹿鍋。そのほかに、彼らがうちに来る前日に搗いて持って来てくれた栃餅、これは火鉢に炭火を起こして焼いた。
            囲炉裏をかこみながら、山の幸をいただく。燃えている火はついさっき山から持ってきた柴だ。山暮らしの体験として、彼らは柴刈りと薪割りを手伝ってくれた。


            炊けたご飯の入った釜を写真に撮っていなかった。次に炊いた時に撮影して、この記事に掲載しようと思う。
            | | 20:51 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
            鹿の脂
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              鹿を解体して先づ食べる料理は鹿刺し、そして大鍋で煮出した骨のスープだ。
              大きな鉄鍋を囲炉裏に掛け、鹿の骨を入れてぐつぐつと煮る。煮はじめて二、三日するとスープはまっ白に濁り、解体のときに取りきれなかった骨にくっついた肉も、この頃には剥がれ落ちてスープに混じり、じつに旨い。その濃いスープを小鍋にとって汁物を作るのが、毎晩の夕食になる。

              毎日煮ている鉄鍋は夜の間に冷える。冷えたスープの表面には、クリーム色に固まった脂が溜まる。この脂を取りわけてみた。鹿の脂は食べていても脂っこいということがなく、さっぱりしていて臭いもない。スープに溶けているものをそのまま食べていてもなんら困ることはないのだけれど、あまりに濃いスープを食べていると、いっぺんにそれだけの栄養を食べるのはもったいない気もするのだ。脂は脂で取っておいて、炒め物などの別の料理に使ってみた。

              固まった脂を菜箸で取る。




              中華鍋での炒め物に使っているところ。



              それほど沢山いれなくても十分で、あたりまえだけど鹿の肉にはとてもよく合う。
              牛や豚のラードのようにベタつくことがまったくない。植物油よりもサラッとしている。

              縄文時代のひとびとも獣の脂を取り分けていたようだ。榛東村の耳飾館で展示している土器には燭台と思われる器があり、獣脂が付着していた。芯をとりつけて火を灯し、明かりとしていたと想像される。
              また、縄文土器によくある筒型の器は、底よりも口のほうが広がっているものが多々ある。これは煮出した骨肉の脂を取るのには効率のいい形なのではないか、と思いついた。そのうちそんな器を作って実験してみたい。

              ※関連記事
              鹿バラ肉角煮   (2008.12.21)
              続、鹿解体・後編   (2008.11.12)
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              食と体 断食経験記
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                 思うところあって、断食をした。健康や療治を目的としたものではないけれど、あらたに体のことを観察できた。
                 いままでも断食を試みたことはある。が、いづれも一日以上もたずに挫折していたので、数日間のちゃんとした断食は今回がはじめてだ。断食中も普段どおり生活をし、薪割りや、仕事もちょうど体力を使うものが多かった。

                 一日目の夕方から側頭部が痛み、体のあちこちに鈍い痛み、倦怠感がつきまとう。二日目の午前中が一番つらかった。しかし正午からはすっきりとした感じとなり、わずかな頭痛とふくらはぎの鈍痛以外、普段と異なることはなくなった。 喉が頻繁に渇き、普段の二・三倍の水分をとっていたと思う。
                 三日目からは、頭では「食べたい」と思っていても、体が食を欲していないように感じた。運動すると心拍が普段より速くなりやすく、ゆっくりな無理のない動きをとるように気をつける。水分摂取も前日までよりは減り、普段の一・五倍くらいだろうか。
                 そして夜、なかなか寝付けず、眠りも非常に浅くなった。これは、この後 断食終了まで続くことになる。
                 四日目からは無理のない動きにだいぶ馴れ、フラつくことや立眩みもしないで普段どおり動くことがほぼできた。ただ、体の疲れには敏感なようで、いつもなら多少疲れても動き続けるところを、わずかでも休憩を入れながら行動していた。
                 この日から寒さに敏感になる。というか、体の芯が冷えているという感じ。代謝が遅くなったためだろう。

                 七日目と八日目はかなりきつくなり、動くことも努力が要り、寒さもかなりこたえた。また、胃や腸の辺りが時々疼く。そして口内上部が痛み、風邪のときのように若干腫れてきた。
                 頭では食べたいと思うものの身体的には食欲がまったく沸かない。疲労困憊したとき食欲がなくなるのと同じだ。

                 八日間で断食を終え、九日目から食事を摂りはじめると、これらの症状はぴたりと収まった。ただし、口内上部の腫れだけはその後も五日間つづいた。風邪等、断食とは無関係のものだったのだろうか?

                 動きや反射速度がゆっくりとなる(せざるをえない)ことは、自分のペースでできる仕事柄、調整が利くけれど、寒さを感じるのはかなりつらかった。一方で、毎年苦労するしもやけがまったくなかったのは助かった。水分を多量にとっていたので、血の巡りがよかったのだろう。八日間、便通はまったく無かった。


                 断食を行って、ひとは、数日食べなくとも本当に平気だということがわかった。書物等で確信していたし、またおかマタギが過去に一週間位断食したことがあると聞いてもいたけれど、実際に自分の体で確かめることができた。
                 人間は肉食動物だとおれは考えている。獲物を獲たときは大量に食べ、得られない時は何日も空腹で活動する、食いだめが可能な身体だと。だから普段から食事の時間や回数にはこだわらず、食べたい時に食べ、食べたくない時は食べないようにしてきている。
                 そんな一日二食や二食半だったとしても、食べる時間や量はそれなりに決まってくる。断食中、普段食べている時間や食べる状況(たとえば力仕事を終えて一服するとき)になると、頭のなかに食べ物のことが思い浮かんで来た。
                 頭で食べることを想うとしんどかった。体は欲していなくても、頭が食べたい欲を掻き立てるのだ。普段の食事が習慣であり、“楽しみ”のための食だと、痛感させられた。

                 本当に必要な食べる量とは、どれくらいなのだろう。体にとってもっともちょうど良い量は。
                 それは体の使い方しだいといえるかもしれない。
                 断食をしていると、筋力をつかう作業は慎重になる。無理をするとフラッとするし、かたよった力の使い方をしたところにはすぐ鈍い痛みが生じる。
                 それを機に、無理のない動作をこころ掛けることができる。理想的な太極拳が最小の力で最大の効果を得るように。あるいは、野生の世界で生きるもののように。

                 過剰な食物で体を動かすことは、本来の動きができないでいる体を、外部からの力で無理矢理動かすことかもしれない。無理に動かされれば負担が生じ、支障が出たり、壊したりする。

                 体は全身かたよりなく動くのが一番いい。部分的に使いすぎたり使わなすぎたりすると、バランスを崩す。
                 体の中心である脊柱を軸に、脊柱の元である仙椎をちからの源として、そこから起こった動きを手足や指先まで伝わるようにすることが本来ある動きの姿なのだろう。
                 体の芯―――肉よりも骨、骨よりも髄、髄よりも細胞、そして細胞を形づくり個個の細胞を繋いでいる“気”。

                 伝わるためには、ゆるんでいなくてはならない。
                 硬直することなく、リラックスしてゆるんでいれば、芯(心)から起こったうごきが全身へとつたわっていき、無理することなく行動することができる。
                 体のことを知り、正しい使い方を学んでから大きなエネルギーで体を扱えれば、エネルギーに見合った十全な活用ができるはずだ。

                 数日間食べなくても体は動く。身体の元からのちからを原動力に。
                 にもかかわらず「食べたい」という観念は頭に飛来し、抑えるのに苦労する。体の声よりも、“なれ”に流された思考や慾望といえる気がする。

                 食べることは楽しいことだ。その楽しみにおぼれることなく、ひとつひとつの食事を、いっそう楽しんで、感謝して食べることができたら最良だと思う。
                 そして、体のこと、食べ物とのつながりのことをもっと知るために、またときどき断食を行っていこうと思った。

                ※関連記事
                山と躰  (2009.08.01)
                柴刈り  (2006.04.29)
                | | 06:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                ザリガニ料理
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                  今月はじめ、通っている整体道場の稲刈を一緒にした。田畑―――植物を育て実りをいただくということは、整体に通じるものがある、というか同じもの、という。大地という体のリズムや流れをきちんと知ってその恵みをいただくことは、大きな輪の一部としてあることだから、大地の一部であるひとの身体をきちんと知ることと同じ。

                  当日、道場にお世話になっているひとがたくさん集まって、みなで楽しく稲刈りをした。もち米なので、うるち米より刈り入れの時期がおそい。
                  家族づれのグループも多く、子供たちは田畑を遊びまわって、最終的にザリガニ採りに夢中になっていた。かつては何処にでも見られた、子供の遊びがそのまま生活の糧をも潤す風景だ。
                  水の干上がった用水路や、畑の一角にある蓮池で、子供たちは10匹以上のザリガニと、フナのような魚、ドジョウ一匹を獲得した。

                  で、それらの獲物をうちでもらうこととなった。くれるのだから、ありがたくいただきます。いただくからには食べないと申し訳ない。我が家の近くにはザリガニもドジョウも住める場所がない。
                  いくつかの料理法を考えたけれど、ザリガニの味を一番味わえる方法、お湯で煮るだけで食べることにする。

                  まずザリガニをざっと洗う。捕まえてから数日経ってしまったものの、大半が元気に鋏を振り上げる。細かくは洗えないけれど汚れで付いているのは土や石くらい、農薬や除草剤とも無縁の場所に暮らしていたので、あまり気にしない。


                  ぐつぐつと煮立った鍋の中に入れる。瞬時に死を迎えられるように、何匹か入れてお湯の温度が下がったら、また煮立つまで待つ。

                  元気に動いていたザリガニが不動の姿になるのを見るのは、矢張り悲しい。けれど食べるということはこういうことだ。

                  すべて入れ終わって、赤く煮えるまで待つ。


                  煮えたと思う小さいものからお皿にあげていく。
                  ザリガニは「砂利蟹」とはいうものの、生物学的には蟹よりも海老に近い。ザリの語源も砂利ではなく、後ろにずりさがる動作を表した「いざる」蟹、という説もあるそうだ。
                  とまれ、小さいザリガニは海老の姿そっくりである。


                  中国でタイのひとと一緒に料理した時、ザリガニスープも作ったことがある。けっこう辛い味付けでザリガニそのものの味はよくわからなかった。それもあって今回は、茹で湯に入れた塩だけで食べてみる。
                  小さいものなら殻も残さずいけた。大きいものは海老のように、頭部の硬い部分から腹もぎとり、背中の殻を剥いて食べる。
                  思ったより薄味。蟹と海老を足して二で割ったような味だ。鋏の中の肉は蟹と変わらないように感じる。

                  茹でただけでは食べられない硬い殻はとっておいて、後で沢蟹のように炒めて食べる予定。きっと香ばしくてよいおかずになると思っている。
                  魚とドジョウは数日後、ドジョウは汁物の具にして、魚は焼いていただいた。
                  | 料理 | 15:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  浦川さん作のマキリ
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                    もうひとつの日本文化(アイヌ文化)徒然ブログの書き手、arimaさんにお会いした。
                    ナイフの鞘・柄作りの記事にコメントしていただいて以来、お互いにたびたびコメントをして意見を交換しあっている。それだけでなく、arimaさんは浦川さんの鹿解体の様子を収めたお便りをくださったり、何度か電話もいただいた。
                    今回も、所用で来ていた本州で福島から横浜へと向かう際に電話をくださり、面会が実現した。うちの方へ寄っていれば横浜に着くのは夜更けとなってしまうのに、なれない道の運転、長時間の移動でお疲れのところを、奥様もお付き合いくださって本当にありがとうございました。

                    お会いしていたのは一時間ほどだったけれど、非常に中身の濃い時間だった。待ち合わせ場所にしたお店の飲食コーナーで、arimaさんは五本のマキリをひろげてくれた。


                    写真で見ていた精緻なマキリが目の前にある。壮観である。
                    画面ではいままで何度も見ていた道具たち、実際に手にすることが、こんなに早く実現するとは思わなかった。

                    持ってみて、その軽さに驚いた。
                    浦川さんのマキリは身が薄い、とは写真からも想像していたけれど、なるほど、これだけ薄いとこんなにも軽くなるのか。
                    おれはトペニ(イタヤカエデ)の材を持ったことはない。けれど、目の詰まった地肌からけして軽い木ではないと思う。ところがこのマキリは杉か檜でできているかと思うくらい軽い。

                    これはたしかによほど硬い木でないと解体するときに割れてしまうな、とまず思った。
                    しかし持ったときに頼りなさを感じることはない。初めて手にしているのに、不思議なくらい手のひらに馴染んで、すっぽりと収まっている感じた。
                    握力でにぎって力まかせに切るのではなく、空気のようにあくまでも軽く使いこなししている浦川さんの手の内が見える気がした。


                    どうしても言葉でつらねると長くなってしまう。手にしていると一瞬なのだが。

                    模様の細かさ、刃を入れる鞘の中、汚れ出しの穴など、じっくりと見せてもらう。

                    柄の先は刃にむかってわずかに細くなっていて、鞘にしっかりとはまり、簡単には抜け落ちない。それでいながら鞘に収めるときに「硬さ」を感じさせず、すっと収まる。一流の作りだ。

                    見ながら、arimaさんがマキリづくりの浦河さんを話してくれる。
                    形も模様もマキリだけでつくること。
                    以前、山を歩いていて抜け落ちたマキリかあったことから、浦川さんは鞘と柄をつなぐ留め具を必ずつけている。
                    木の皮で巻いた箇所がある鞘は、焼き焦がしてくりぬく作り方ではなく割って中を削る作り方の場合に補強として施す(もちろん巻いた木皮がマキリを彩る模様の一部となっている)。
                    浦川さんのマキリ模様は細かくて、鱗模様が沢山あり、一方で渦巻き模様は多くない。目の前にある一本がそんな渦巻きのマキリであることに気づいてそれをいうと、これはNHKで放送される番組で作ったものとのこと。“一般のマキリのイメージ”を意識したのかな、というおれの意見にそうかも知れないとarimaさんは言った。


                    今回一番感慨を受けたのは以下のことだった。
                    アイヌは鋸(のこぎり)を使わない、浦川さんはその作法を守っている。製材されてきた鋸目のついた材は、アイヌの作り方ではない、と使わないという。
                    そのため、一度割って合わせた鞘は、木の目に自然に沿って割れているので、どこを割ったのかわからない。隙間が見えないのだ。
                    木で作ったものは温度や湿度の変化に合わせて動きがある(形が変わる)。張り合わせのものなどは合わせ目がずれたりすることもあるのだが、浦川さんの作り方はもとの木の有り方を回復するために動きがほんの僅か、あるいはまったくないかもしれない。一年をとおして安心して使える、長生きの道具ということになる。

                    けれども、それ以上に感じるものがある。
                    「アイヌのやり方を守る」
                    これは単に伝統を守るということだけではない。
                    もちろん浦川さんはアイヌの伝統と誇りをこの上もなく重んじ、愛していると思う。
                    それはどういうことなのだろう、と考えていて、おれは一つのことに気がついた。

                    道具を使うということは、自然界―――地球からものを借りるということだ。木を借り、金属を借り、水を借り、空気を借りる。借りる量が多ければ、地球にとってそれだけ負担になる。借し借りの中にはバランスがあり、均衡がくずれればどこかにしわ寄せが来て、不健康な状態、病いとなってしまう。
                    生きるのに必要以上に借りないこと(使わないこと)、という大地のおきてを守っていれば、借りている側の生きものもだれかになにかを借すこととなり、いのちのちからは循環し、バランスがとれていく。

                    自分が使っている道具がどうやって作られたか知らないと、自分が借りているものの量がわからない。必要な分を借りているのかどうか、わからないこととなる。これではバランスのとりようがない。

                    おれがナイフの鞘や柄を作るとき、材は製材されたもの、製材用の機械で作られた、石油で動いているか電機で動いているかも知らない。鋸はホームセンターで買った。彫刻刀も買った物。焼き焦がすのに使った釘も買った。現代の製鉄産業の中で、どれだけのエネルギーを消費して今ここにあるものか。

                    自然とともに生きてきた先祖の伝統を守ること、アイヌのやり方を守ること、とは、先祖のように自然と調和して生きることにほかならない。
                    これがアイヌのやり方だ、と、言葉にすれば一言だ。
                    けれどもそこには、ずっとバランスをとって続いてきた生き方がある。

                    どうやればバランスがとれるか、など理屈で理解しようとすれば膨大な情報量を処理しなければならないだろう。情報を処理するにもちからを借りなければならない。

                    まずは行動すること。行動するための智慧はまだまだ残っている。先祖たちが地域を越えて残してくれた教えを、理解していくだけのちからはおれたちにあるはずだ。
                    これが縄文人のやり方だ、といえる生き方をひとつひとつ増やしていければ、その分だけ大地は健やかになっていくとおれは信じている。


                    ストロボも使って撮影してみた。いつも手元にあればこんなに沢山の写真は必要ないが、浦川さんのマキリから学ぶために、いまのおれには必要だと思ったのだ。



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                    | ものづくり | 08:47 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                    タシナ・ワンブリさん 
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                      夢をみた。
                      学ぶことに熱心な少女に、やさしき導き手の母のような女、少女が高いところから落ちそうな危険に遭ったとき、導き手の女が手をのばして少女の手をとった。古い梁と柱でできた、大きな木の家。
                      母のような手は少女の手をとったとき、同時にいまは見えないたくさんの手を、未来へと繋いでいった。

                      目が覚めて、母のような導き手の女はタシナ・ワンブリさんだと解った。
                      会いに行きたいと願いながらも時が合わず、数少い文のやりとりですごしているここ数年。

                      タシナさんのことばを、たくさんの人に聴いて貰いたい。

                      タシナ・ワンブリさん 記 「解っているのは そのくらいだけ」

                      「メディスンホイール(聖なる輪)」
                      「鷲の羽衣の女」

                      広大なるホームページ「神を待ちのぞむ」のなかの「天空の果実」等で、タシナさんのことばを紹介しています(当HPではおもにエレーヌ・アイアンクラウドの名で記されています)。

                      ※製作者の方の許可を得て、ホームページ神を待ちのぞむをリンクに加えました。地球に生きるいのちとして、こころからのことばたちが綴られ、インディアンやアイヌ等先住民のことば、世界観も紹介してくれているページです。


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                      | 遠吠えと谺 | 04:59 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |