SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
RECOMMEND
ニングル
ニングル (JUGEMレビュー »)
倉本 聡
「あんた方人間はどんどん大きくなる。大きく、偉大に、滅亡へと走っている。」・・・・・・
森と生き、地球の鼓動とともに生きるニングル。人間が自然界へ向けて暴挙を繰りだすとき、ニングルの声が聞こえてくる。
人が、ヤイカムイ(怪物)とならないために。
RECOMMEND
静かな大地―松浦武四郎とアイヌ民族
静かな大地―松浦武四郎とアイヌ民族 (JUGEMレビュー »)
花崎 皋平
北海道の名付け親となった松浦武四郎を追って、アイヌモシリ(アイヌの大地)の歴史をたどる。先住民の側から見た歴史書。
RECOMMEND
インディアンの言葉
インディアンの言葉 (JUGEMレビュー »)
ミッシェル ピクマル, 中沢 新一, エドワード・S. カーティス
素朴でちからづよい言葉の中に、ほんとうの生きかたを導いていく精霊が込められています。エドワード・S・カーティスの撮影したネイティブの肖像とともに、何度でも紐解いて、いま自分が立っているところを確認させてくれる本です。
RECOMMEND
日本語とアイヌ語
日本語とアイヌ語 (JUGEMレビュー »)
片山 龍峯
「日本」人がアイヌと同系民族だということはことばからもわかります。伝統を忘れていない同族から学び、根っこを呼び覚まそう。
RECOMMEND
聖なる輪の教え
聖なる輪の教え (JUGEMレビュー »)
ヘェメヨースツ ストーム, Hyemeyohsts Storm, 阿部 珠理
ジャンピング・マウスのものがたりをはじめ、シャイアンの教えを、そしていまのひとびとのゆくすえを、わたしたちに伝えてくれます。
RECOMMEND
オオカミと人間
オオカミと人間 (JUGEMレビュー »)
バリー・ホルスタン・ロペス, 中村 妙子, 岩原 明子
狼を知ることは人を知ること。狼とともに生きるか、殺して生きるか、それは自然とのつきあい方の顕れです。なぜなら、狼はヒトにとって一番近い兄弟だから。
RECOMMEND
アイヌの民具
アイヌの民具 (JUGEMレビュー »)
萱野 茂
民具の紹介にとどまらず、自然に生きるアイヌの生活術と文化を教えてくれる本です。
RECOMMEND
生き物として、忘れてはいけないこと―次代へ贈るメッセージ
生き物として、忘れてはいけないこと―次代へ贈るメッセージ (JUGEMレビュー »)
コエンエルカ
シャイアン族のなかで育ち、狼と生きる、タシナ・ワンブリさんの呼びかけ。
LINKS
PROFILE
MOBILE
qrcode
無料ブログ作成サービス JUGEM

05
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

反閇
0
    このブログで何度か反閇(へんばい)という言葉を使っている。
    反閇とは、独特の足捌きで地を踏みしめ、邪気を祓い地霊を鎮めるための動きだ。地味な歩法のものから、しし舞い(獅子舞い、鹿舞い)や鬼剣舞のような踊りに発展したものまでさまざまだが、魂を鎮める、という意味では、みな源流をたもっている。

    魂―――食べ物となった鹿や、死者、祖先の霊。
    自分がいまここに生きているためにちからを与えてくれたものへの、それは祈りだった。
    足を動かし土を踏みしめて、自分の体を大地に結ぶ。
    地球上どこにあってもひとびとはこうして大地と自分とのつながりを確認して来たのだと思う。
    ひとは、二本の足で立っている。この二本の足がいつも地につき、大地からちからをもらっている。

    * * * * * *

    タシナさんが語りはじめるとき、輪に座ったひとびとの中心で、東南西北よっつの方角に祈っていた。手のなかにもっていたものを置く。いままでたくさん大地を踏んできた鹿のひづめです、と言った。

    “ごらん、彼の角ぶり。まるで雷の如(よう)な角ぶり。ごらん、彼の高く上げた頭(くび)。まるでこの森(やま)の樹の如(よう)だ。オレたちが近ひと解っているのに、彼が動かなひ。彼の蹄(ひづめ)が深く大地に入っている。まるで彼の蹄(あし)から大地の乳を吸っている如(よう)。”
           (タシナ・ワンブリさん「約束」から)

    鹿も狼も大地を駆けてきた。
    アイヌもインディアンも足を踏み鳴らして踊る。
    弓の島のこの民族は、足を地に摺(す)るようにして歩を進め、舞いを伝えてきた。膝を曲げ腰を落とし、体の重さを大地にあずけ、体の使い方をより高度なものへと昇華していく。無駄な力を抜き、息を通し、しなやかで粘りづよく・・・

    病い(止まい)がたまると、体は咳をし、震え、熱を出し、
    動きながらくるいをなおす。
    病気は、硬くなった部分をほぐして柔軟さをとりもどす自発運動だ。
    生きているものは、自分で調べを整える。

    それは地球も同じだ。
    強い嵐、地の震え、熱の調整、からだを動かして病いをほぐし、なおしていく。
    よりよい生にむかって。


    からだを動かしながら大地を感じ、大地と同じ調べを奏で、より健やかにゆきたいと思う。



    ※関連記事

    高水山獅子舞見学   (2009.04.19)
    猟期前   (2007.10.25 )
    鹿舞い(ししまい)   (2006.09.26)
    食と体 (断食経験記)   (2009.12.16)
    山と躰   (2009.08.01)
    体が求めるもの   (2007.05.20)
    山を歩く   (2006.10.25 )
    | | 22:34 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    竃(かまど)再生
    0
      うちのお勝手には竃(かまど)がある(ここらの地元言葉では、土間のことを「台所」といい、キッチンのことは「お勝手」という)。先日、掃除をして釜をのせ、使えるようにした。
      きっかけは、東京・その他の大学からの来訪者。友人づてに、山村の生活に関心を持っている九人の学生たちが山の暮らしぶりの体験に来たいという。ではお昼は我が家で用意しよう、せっかくだから囲炉裏だけでなく竃の調理も体験してもらおう、と思い立ってのことだった。

      竃といっても、昔ばなしの絵によくあるような土間に直かに作られているものではない。セメントを使った四角いもので、表面にはタイルが貼ってある。煙突は後ろの壁を通って屋外に抜けてい、掃除をすればすぐ使える状態だった。





      何十年ぶりかであろう竃の火。

      囲炉裏と違って空気窓と煙突口以外は密室になっている。熱を放散することなく高効率で釜を熱するためか、思ったより少い薪と時間でお湯が沸く。


      学生たちが来た当日が初の炊飯となる。鉄釜、竃、薪の火で炊いたご飯は一粒ひとつぶがふっくらつやつやとしていて、美味かった。
      囲炉裏に掛かっているのは鹿鍋。そのほかに、彼らがうちに来る前日に搗いて持って来てくれた栃餅、これは火鉢に炭火を起こして焼いた。
      囲炉裏をかこみながら、山の幸をいただく。燃えている火はついさっき山から持ってきた柴だ。山暮らしの体験として、彼らは柴刈りと薪割りを手伝ってくれた。


      炊けたご飯の入った釜を写真に撮っていなかった。次に炊いた時に撮影して、この記事に掲載しようと思う。
      | | 20:51 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
      食と体 断食経験記
      0
         思うところあって、断食をした。健康や療治を目的としたものではないけれど、あらたに体のことを観察できた。
         いままでも断食を試みたことはある。が、いづれも一日以上もたずに挫折していたので、数日間のちゃんとした断食は今回がはじめてだ。断食中も普段どおり生活をし、薪割りや、仕事もちょうど体力を使うものが多かった。

         一日目の夕方から側頭部が痛み、体のあちこちに鈍い痛み、倦怠感がつきまとう。二日目の午前中が一番つらかった。しかし正午からはすっきりとした感じとなり、わずかな頭痛とふくらはぎの鈍痛以外、普段と異なることはなくなった。 喉が頻繁に渇き、普段の二・三倍の水分をとっていたと思う。
         三日目からは、頭では「食べたい」と思っていても、体が食を欲していないように感じた。運動すると心拍が普段より速くなりやすく、ゆっくりな無理のない動きをとるように気をつける。水分摂取も前日までよりは減り、普段の一・五倍くらいだろうか。
         そして夜、なかなか寝付けず、眠りも非常に浅くなった。これは、この後 断食終了まで続くことになる。
         四日目からは無理のない動きにだいぶ馴れ、フラつくことや立眩みもしないで普段どおり動くことがほぼできた。ただ、体の疲れには敏感なようで、いつもなら多少疲れても動き続けるところを、わずかでも休憩を入れながら行動していた。
         この日から寒さに敏感になる。というか、体の芯が冷えているという感じ。代謝が遅くなったためだろう。

         七日目と八日目はかなりきつくなり、動くことも努力が要り、寒さもかなりこたえた。また、胃や腸の辺りが時々疼く。そして口内上部が痛み、風邪のときのように若干腫れてきた。
         頭では食べたいと思うものの身体的には食欲がまったく沸かない。疲労困憊したとき食欲がなくなるのと同じだ。

         八日間で断食を終え、九日目から食事を摂りはじめると、これらの症状はぴたりと収まった。ただし、口内上部の腫れだけはその後も五日間つづいた。風邪等、断食とは無関係のものだったのだろうか?

         動きや反射速度がゆっくりとなる(せざるをえない)ことは、自分のペースでできる仕事柄、調整が利くけれど、寒さを感じるのはかなりつらかった。一方で、毎年苦労するしもやけがまったくなかったのは助かった。水分を多量にとっていたので、血の巡りがよかったのだろう。八日間、便通はまったく無かった。


         断食を行って、ひとは、数日食べなくとも本当に平気だということがわかった。書物等で確信していたし、またおかマタギが過去に一週間位断食したことがあると聞いてもいたけれど、実際に自分の体で確かめることができた。
         人間は肉食動物だとおれは考えている。獲物を獲たときは大量に食べ、得られない時は何日も空腹で活動する、食いだめが可能な身体だと。だから普段から食事の時間や回数にはこだわらず、食べたい時に食べ、食べたくない時は食べないようにしてきている。
         そんな一日二食や二食半だったとしても、食べる時間や量はそれなりに決まってくる。断食中、普段食べている時間や食べる状況(たとえば力仕事を終えて一服するとき)になると、頭のなかに食べ物のことが思い浮かんで来た。
         頭で食べることを想うとしんどかった。体は欲していなくても、頭が食べたい欲を掻き立てるのだ。普段の食事が習慣であり、“楽しみ”のための食だと、痛感させられた。

         本当に必要な食べる量とは、どれくらいなのだろう。体にとってもっともちょうど良い量は。
         それは体の使い方しだいといえるかもしれない。
         断食をしていると、筋力をつかう作業は慎重になる。無理をするとフラッとするし、かたよった力の使い方をしたところにはすぐ鈍い痛みが生じる。
         それを機に、無理のない動作をこころ掛けることができる。理想的な太極拳が最小の力で最大の効果を得るように。あるいは、野生の世界で生きるもののように。

         過剰な食物で体を動かすことは、本来の動きができないでいる体を、外部からの力で無理矢理動かすことかもしれない。無理に動かされれば負担が生じ、支障が出たり、壊したりする。

         体は全身かたよりなく動くのが一番いい。部分的に使いすぎたり使わなすぎたりすると、バランスを崩す。
         体の中心である脊柱を軸に、脊柱の元である仙椎をちからの源として、そこから起こった動きを手足や指先まで伝わるようにすることが本来ある動きの姿なのだろう。
         体の芯―――肉よりも骨、骨よりも髄、髄よりも細胞、そして細胞を形づくり個個の細胞を繋いでいる“気”。

         伝わるためには、ゆるんでいなくてはならない。
         硬直することなく、リラックスしてゆるんでいれば、芯(心)から起こったうごきが全身へとつたわっていき、無理することなく行動することができる。
         体のことを知り、正しい使い方を学んでから大きなエネルギーで体を扱えれば、エネルギーに見合った十全な活用ができるはずだ。

         数日間食べなくても体は動く。身体の元からのちからを原動力に。
         にもかかわらず「食べたい」という観念は頭に飛来し、抑えるのに苦労する。体の声よりも、“なれ”に流された思考や慾望といえる気がする。

         食べることは楽しいことだ。その楽しみにおぼれることなく、ひとつひとつの食事を、いっそう楽しんで、感謝して食べることができたら最良だと思う。
         そして、体のこと、食べ物とのつながりのことをもっと知るために、またときどき断食を行っていこうと思った。

        ※関連記事
        山と躰  (2009.08.01)
        柴刈り  (2006.04.29)
        | | 06:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        山と躰
        0
          友人のダンサー、“跳ぶ黒耀”が遊びに来た。
          ある小さなイベントで知り合って以来、六年越しの付き合いだ。おれの作ったペンダントの初めての購入者であるかれは、新作を作るたびに熱心に選んでくれて、常に頸に掛けていてくれる。

          跳ぶ黒耀がうちに来たのは初めてのことではないが、今回は一緒に尾根へと上った。
          幼い頃から山や木々に親しんでいたというかれは最近特に山々に惹かれるらしく、毎日のように山間へと車を走らせているそうだ。そんな「山好き」の所以かはたまたダンスで培っている身ごなしのためか、急傾斜にもかかわらずかれの足運びは確かなもので、山にしょっちゅう薪をとりに入っているおれと同じくらいの速度で上っていく。

          斜面を稲妻に横切る鹿の道、針葉樹の多い尾根の道を歩きながら、話をする。躰(からだ)の使い方や身体表現、藝(芸)術に関して、かれとは同じ視点を持つと感じている。小学生の頃からダンスにのめり込んでいる跳ぶ黒耀、幾多のイベントやステージで踊るかたわら現在は後輩たちに教えてもいる。
          そんななかで、かれが大事にしているのは身体で感じ、楽しむことだ。「技術を会得するだけでは光らない」。かれ自身、体操選手のところへ勉強に行ったりと技術を取り込むことには積極的だが、自分の内側から求めるもの、内面を表現する手段として自分に合った技術だからこそ習得するのだ。

          そんな話をしたり、山の話をしたりしながら、お気に入りの岩尾根に来た。


          *              *              *

          身体を使う上で重要なのは足腰だ。特に腰は「体の要」と書くくらいで、その使い方は全身の動きに影響する。
          腰、といっても様々なとらえ方があるけれど、武術や整体を通して見ると骨盤と腰椎の使い方=姿勢が大事だということがわかる。
          人の脊椎は二足歩行するためS字を描く形になり、腰椎は臍の方向に湾曲している。そしてその下に続く骨盤がどの方向を向いているかで、全身の使い方はことなってくるのだ。武術のようにしっかりとして速い動きに備えるためには、骨盤下部が前方を向く方がよく、また腰周りの筋肉、体の内側の筋肉を適度に活用し鍛えることにもなる。内臓を上に押し上げるような姿勢だ。

          この骨盤の向き(姿勢)、そして骨盤自体がいかに柔らかく動くか、ということが健康上でも身体表現の上でも大切になってくる。

          骨は硬いものではあるけれど、柔らかいものでもあるのだ。

          生きている骨は水々しいもので、柔軟性があり、それゆえに弾力ある頑丈さをもっている。一つの骨も、実はいくつもの部分が合わさってできており、関節ほどではなくとも可動性があるのだ。鹿を解体し、スープを摂るために鍋で煮続ける骨を見ることで、骨に対するおれの認識は以前より詳しくなった。煮終わった骨が無数の細かい部分にほぐれることや、煮る前より軽く脆くなっていることは、生きている骨の内にある水と養分(軟骨や脂肪のようなどろりとしたもの)の存在をありありと感じさせた。これらが骨の強さを担っているのだ。

          だから、骨が柔らかく動く、それはいまのおれに実感としてわかるものになった。

          鹿の解体による身体組織の認識と、整体を教わり始めたことで、骨盤を動かすということが重要だということを知った。骨盤は、一番大きな腸骨と、その中心にある仙骨、そして仙骨の下部の尾骨の、三つの骨でなっている。
          腸骨が左右に開いたり閉じたりすることを意識しながら動くと、それだけで以前には苦しかった足の動きもスムーズに気持ちよくできる。
          跳ぶ黒耀にそんな話をしながら、おれの知っているいくつかの動きを教えた。拳法にある両足裏を地面に付けたままの伸脚や、日本武術で“一文字腰”と呼ばれる姿勢などなど。どちらも重心(仙骨のあたり)が二つの足を結ぶ線の上にあることが大事だが、骨盤や股関節をやわらかく使えないとそれがなかなか難しい。
          一文字腰は相撲の四股や股割きとも通じる鍛錬法・柔軟法で、この姿勢のままで息を吸いながら骨盤を閉じ、吐きながら開く。また、腸骨は動かさず、仙骨(と尾骨)だけを左右に震えさせるという動きも見せた。正しくできているかよくわからないのだけれど、少し震えさせるだけで全身がリラックスして、熱くなってくる。
          拳法の伸脚は足首と股関節・骨盤の繋がりをしっかりと意識しながらおこなう。元来おれは右の足首が硬かったのだけど、これをやることで少しずつ柔軟性を取り戻し、同時に股関節も柔らかくなってきたようだ。足を動かすときに以前より軽く、楽になった。
          右足首は左股関節と、左足首は右股関節と関連していると整体で教わった。

          すでにかなり体の柔らかい跳ぶ黒耀も骨盤を意識したこれらの動きは初めてのようで、楽しそうに聞きながら自分でも体を動かして試していた。


          山から下りてきて夕方、薪割り薪切りを跳ぶ黒耀が手伝ったくれた。子どもの頃、田舎の青森で鉈を使って薪割りを手伝ったことのあるという跳ぶ黒耀は、真剣な表情で鋸を操り、斧を振るっていた。

          身体操法は生まれつきではなく幼少時から身に着けていくものだ。その本質を感じ取れれば、どんな動き・表現でも通じるものはある。
          野生の生きものたちのような、理に合い、優美な身体表現を、かれがますます磨き輝かせることを楽しみにしている。


          ※関連記事
          高水山獅子舞見学  (2009.04.19)
          体が求めるもの  (2007.05.20)
          馬庭念流拝見  (2007.01.24)
          山を歩く  (2006.10.25)
          山駆け  (2006.05.05)
          柴刈り  (2006.04.29)
          | | 11:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          高水山獅子舞見学
          0
            思いがけず、高水山の獅子舞いを観る機会を得た。
            東京都青梅市にある高水山常福院は浪切白不動と称す不動明王を本尊とする修験の地である。坂道を登って不動堂に近づくほどに、清々しくも嶮しいやまの気が濃くなっていき、修行にふさわしい場であることが実感できる。

            以前の記事「鹿舞い(ししまい)」でも考察したように、腰を落とした低い体勢を多用して地面を「する」ように踏みしめる動きは、陰陽道の反閇(へんばい)と同じく大地への祈りの儀であり、同時にそれは山で生きていく体と術を練るものだ、とおれは考えている。山岳信仰と深い関係をもつ不動尊寺院で獅子舞いが行われるのは、ごく自然な、生きた伝統の血を感じさせた。


            大きく伸び上がるかと思えば、膝を曲げ腰を落とし、地面を這うような動きもある。両手は基本的に腹にくくりつけた太鼓を叩いているので、いわゆる舞いの様な派手な動きはない。胴体を巧みに使っての、こまやかな動きが全身に伝わり 頭飾りに伝わり、鮮やかな舞踊を生み出している。
            足腰をそうとうに使い込み、そして力みにたよらない脱力の体捌きが成す技だ。

            ここの「しし」も雄獅子には角があり雌獅子には無い。中国伝来の獅子ではなく鹿(しし)だ(「鹿舞い(ししまい)参照)。その動き、笛の曲調、演目の名前等から、おれが住んでいる地域の獅子舞いと同系統であるに違いないと思う。ただ、かつての姿が次々と失伝していっているおれの地元とは違い、高水山の獅子舞いは数百年からの技が途絶えることなく伝えられているように感じた。

            三頭の鹿(しし)だけで舞う※演目が終わり、いよいよ真剣を使う「太刀懸(たちがかり)」という最後の演目が始まる。
              ※獅子舞いなどでは「舞う」「躍る」とは言わないことが ままある。高水山獅子舞いでは、「くるう」といい、おれの地元の獅子舞いは「する」という。東北の鬼剣舞も「ふむ」といっていた気がする。




            ふた組の太刀使いと獅子がともに行き来しながらくるい、美事な動きで白刃を振るう太刀使いの真剣を獅子が欲しがる。その熱意に感じ入ってか太刀使いは獅子に剣を渡して使い方を見守り、さとす。やがて二頭の獅子は喜び勇んで お互いに太刀さばきを見せ合う、という内容になっている。




            使用しているのは真剣で、演目中、獅子の頭に付いている黒い羽を切り落とす箇所がある。獅子役のくるい手はこの真剣を七分ほども口にくわえてくるうのだ。20分〜70分という長い演目時間といい、なまなかな体術ではできないことだと思う。

            太刀使いの挙動は最初、獅子に対して決して友好的ではなかったような感じがする。切りつける場面があることもあり、どちらかといえば敵視していたのかもしれな。それが、まとわりつく獅子を相手に長時間くるっていくうちに、どこか心がなごみ、剣を教授していくことになったのではないだろうか。
            この場面はおれに強い印象を与えた。土地に根ざして太古から暮していた土着の民の前に新たな生活があらわれ、紆余曲折を経て二つの文化が融け合ったように見えたのだ。縄文の地に弥生の民が来たとき、アイヌモシリ(大地)に和人が来たとき、インディアンの大陸に白人が来たとき、最初はともに智恵と技を出し合って協力していたように・・・。


            よりよく体を使っていくこと、体の声を聞くこと、それはより良く生きていくうえで大切なことだ。
            ある修験者が言ったという言葉を思い出す。
            「修行というのはね、頭が体から教わることなんだよ」

            体は地(つち)から生まれて地(つち)に還っていく。体をとおして大地から学ぶ技術が、いまも伝えられている。



            ※今回高水山の獅子舞いを観に行ったのはまったくの偶然からでした。獲った鹿の肉を仲間うちで一緒に食べたとき、来ていたひとりに獅子舞いのくるい手がいたのです。獅子舞い話に花を咲かせていましたが、まさか翌日に当の獅子舞いを披露するお祭りがあるとは、出来すぎていて一瞬信じられない思いでした。
            この縁を紡いでくれたひとと、生涯のおわりにその体を我が家に残していってくれた鹿に感謝を念じます。

            高水山の獅子舞いは高水山古式獅子舞保存会によって伝承され、毎年四月の第二日曜日に青梅市高水山常福院にて披露されています。
            参考ホームページ:高水山古式獅子舞

            ※関連記事
            鹿舞い(ししまい)   (2006.09.26)
            猟期前   (2007.10.25 )


            | | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            鋸(のこぎり)の目砥ぎ
            0
              暖かい日が増えていろいろな花が咲き、野草も食べ頃の種類が増えてきた。火を燃さなくても過ごせることもあるくらいだが、やはり囲炉裏に火が入るのはこころなごむし、料理も美味しい。火を燃す生活を楽しんでいる。

              冬に比べれば消費する薪はぐっと減ったけど、今年こそは秋までに一冬分の薪を用意しておきたい。毎年果たせずにいる念願に挑むのは、もはや日課ならぬ年課のようになってしまった。

              昨年山小師(やまおじ)から教わって、少しだけ実行していた鋸の目研ぎを、おさらいを兼ねてもう一度やってみた。目研ぎを教わったついで?にもらってしまった二丁の鋸は、冬をまたいで大活躍してくれた今、切れ味が落ちて目研ぎを待っている。


              山小師に貰ったお古の鑢(やすり)より一回り小さい鑢を用意しておいた。付けた柄は、ナイフ作りにあたって模索しているマキリ風柄の試作品。実際にナイフの柄にできるほどの強度のない木を使ったのだが、鑢の柄としては充分だと思う。



              さて開始。初めて独りで目研ぎをするので、教わったことをきちんと覚えているかどうか、ちょっぴり不安でもある。
              まずはギザギザになっている刃の部分を、右面、左面と二回に分けて磨(す)っていく。

              ギザギザになっている山の、柄に向かっている側が刃で、一つの山ごとに右刃、左刃、と片刃が交互になっている。目研ぎのときは左右どちらかの刃を順番に磨っていく、つまり山を一つ飛ばしに、同じ面に向いている片刃を磨っていく。
              磨るとき鋸がブレないように、丸太に浅く入れた切れ目に鋸の峰を設置して安定させる。



              新品の鑢はよく研げる。地元のひとのことばで “ノリがいい”と言うように、吸い付くような手ごたえで鑢が刃を磨っているのがわかる。
              合金製の鋸と違い、山小師にもらった鋼の刃は柔軟性をもち、鍛えられて薄く、素直に目を研がれる感触が心地いい。

              片面の刃を磨り終えたら裏返し、反対の面をまた山一つ飛びに磨っていく。

              刃を全部磨り終えたら刃の反対側、つまり山の背中側を磨っていく。ここは使用時に木に当たるわけではないけれど、ここを磨ることで刃の高さ大きさを一定に保ち、長く使える役割を果たすのかも知れない。
              山小師の教え方は理屈をあれこれ言わない。実際に手を動かしながら、ポツリポツリとコツを語ってくれる昔風のやりかただ。実際に自分がやってゆきながら身につけていけば、おのずとその役割がわかってくるのだろう。

              背側の磨り方も刃を磨るのと同様で、山一つ越えの、右の面、左の面と磨っていく。違うのは、せっかく磨り終えてある刃の部分に、不用意に鑢を当ててしまって刃を鈍らせないよう気をつけること。しかしこれがなかなか難しく、鑢を鋸の目にあてて押し磨るときにしばしば刃に当ててしまう。経験を積んでいけば力加減を呑み込んで、無駄に鑢をブレさせることなく滑らかに磨っていけるのだろうけど、なかなか思うようにいかない。

              磨るときの角度も大事だ。鋸に対して45度がちょうどいいと思うのだけど、沢山ある刃をみんな同しようにするのは一朝一夕ではできない技だ。

              日の光に照らされて輝く真新しい研ぎ面を見分けながら、丁寧に一つ一つを磨っていく。



              刃の背を磨り終えたら、山のてっぺんを磨る最後の工程にとりかかる。


              この山のてっぺんを磨ることは、山一つ一つの頂きを平らにして高さをそろえるという役割がある。それぞれの刃に均等に力がかかるようにするためには、頂きの高さが同じでないといけない。高い山があったりすると、その山だけに力が余計にかかって引っ掛かってしまい、非常に使いづらい状態となるのだ。

              またこの工程の時に、鑢の押し磨る力で刃を僅かに曲げ、外側へ向かわせるという意味もあるようだ。刃が鋸の面より内側にあるのでは、しっかりと木に当たることができない。木にはまず刃が当たってこそ、伐れる。つまり鋸の厚みより太い幅で伐ることができるようになっている。これを“あさり”というそうだ。“あさり”により木の切断面と鋸との摩擦が減り、また木屑を出し易くもなるという。
              そしてこれも、均等に力がかかるためには皆同じくらいの加減で外側に曲がるようにする。



              こうすることで、上の写真のように刃の山は一つおきに右、左、と僅かに外側へ傾いている。刃の背の部分は磨って削られているため肩が落ち、V 字の谷間を作ることになる。
              この谷間に針を乗せると、ススーッと針が滑っていくように磨れれば一番なんだ、と山小師は語った。自分もそう、教わったと。
              そして、そんな風に上手には、なかなか磨れない、と声をたてて笑った。


              さっそく、切れ味を試してみる。思いのほかきちんと研げていたようで、手ごたえも快く、ぐいぐいと伐っていける。


              柔らかい鋼はしなるせいか、まっすぐ伐るのは難しい。 伐っているうちにだんだんと左によって曲がってしまうのだ。もう一つの鋸を使ったときは右へと曲がるので、鋸を引く力加減が原因ではなくて、目砥ぎのときの刃の加減なのだろう。



              最近、鋸を使うのがますます楽しい。単純な動作に奥深い術を見出せるのだ。
              道具を使いこなしていくこと、そしてその道具の手入れができるようになることが、嬉しい。

              ナイフの柄作りも全然進んでいないけど、鋸の柄、鑢の柄も、工夫しながら作りたくなってきた。

              ※関連記事
              収穫                (2007.05.22)
              体が求めるもの        (2007.05.20)
              柴刈り ふたたび       (2006.12.24)
              柴刈り              (2006.04.29)
              | | 18:07 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
              暖炉ふたたび 〜囲炉裏との使い分け
              0
                先の冬はけっこう冷え込みが厳しくて、歳が明けてからはなおさら、薪の量がことのほか気になる数ヶ月だった。そんななかで、できれば囲炉裏端だけで日を送れれば最高だけれど、作業場で水に手を浸して仕事しなければならない状況もある。
                作業場は囲炉裏の部屋から離れている。土間の暖炉に火を入れて暖めないことには、仕事にならない。一冬前はまったく使わなかった暖炉が、炎を抱いて再び活動する。

                暖炉、と呼んではいるが、煉瓦を積んで自分で作ったもので、はたして暖炉と言えるのかどうかよくわからない。形状からいえば陶磁器を焼く穴釜を小さくしたものによく似ている。製陶の師匠が作っていたものを真似たのだから無理もないが、“ストーブ”と呼ぶより趣きを感じるので、こう称している。耐火煉瓦でたっぷりとつけた厚みは、熱もちがいい。

                この冬使い始めるにあたって、天井を貫いて真っ直ぐに二階へ伸びていた煙突を修正した。
                煙突の役目である煙の排出を、“引き”という。長さがあるほど引きはよく、また出口が高い位置にあるほど引きがよい。
                しかし引きがよいということは空気の流れが強いということで、つまりせっかく熱をもった暖かい空気も出て行ってしまう。これを防ぐには一度煙突が水平方向へ曲がって、熱が上昇にまかせて出て行かないようにするとよい。我が家の暖炉のいままでの煙突は真っ直ぐ上へと伸びて二階に行ってしまっていたため、一階に熱が留まりにくい形だったといえる。
                で、まだ充分熱をもった暖気が留まるように、水平方向の通路を作った。そのまますぐ後ろに設置してある薪風呂釜の煙突と合流させて、お勝手の天井から、屋根の上へと顔を出している。


                風呂釜を燃したときに煙突の引き具合は確認していた。暖炉の排気分を合わせても、充分引いてくれると予想したのだ。
                予想どおり、以前は焚口(たきぐち:薪を投入する入り口)に蓋をすることでおさえていた煙の逆流が、ほとんど無くなる。まぁこれは以前に比べて薪の収集がうまくなり、湿った燃えにくい状態で燃すことがなくなったことにも一因があるだろう。


                囲炉裏では、できるだけまっすぐの、そして細く割った薪が使いよい。落ち枝(柴)でもよいのだが、短時間で出来るだけ多くの量を運んでこようとするため、現在は太い倒木を持ってきて割ることで薪を作っている。その中で、根っこに近い部分や根っこそのもの、また節があることで細かく割れない薪がでてくる。このような細くない、形も様々な不揃いな薪たちを、風呂釜や暖炉で燃すと、それはまっすぐな薪より燃しやすいことがわかった。


                まず、形が様々なため、薪どうしが密着したり底にベタ置きになってしまって酸素の入りを妨げてしまうことがない。写真ではわかりにくいかもしれないが、薪と薪のあいだに適度な隙間がうまれて炎が赤あかとひらめいている。
                根っこは短くても太さにムラがあり、厚みをもっているものが多いので、細くて火のつきがよい部分と、太くて火力を生み出す部分とをあわせ持っているものも多い。上手に燃すと、次の薪を投入するまでの時間はずいぶん長くなる。火の具合を見るために頻繁に焚口を覗き込まなくてもよくなった。


                引きがよくなった蓋をしない焚口は、炎からの放射で以前より暖かく、なによりその紅いひかりは、ここち良い。

                冬のすごし方が、また一つ楽しくなった。




                ※関連記事
                薪でお風呂を         (2007.09.22)
                囲炉裏の暖          (2007.02.01)
                物々交換           (2006.11.29)
                囲炉裏 工夫         (2006.11.28)
                囲炉裏開始          (2006.11.27)
                | | 02:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                薪でお風呂を
                0
                  八月中にお風呂の湯沸しを薪釜にした。
                  やっと設置できた。ずーっと抱いていた計画だったのだけれど、もろもろの事情でなかなか手を付けられずにいたのだ。

                  釜は近所の山小師(やまおじ)からもらったもの。山小師の家ではこの釜の焚口に灯油バーナーを取り付けて使っていた。灯油バーナーが壊れてしまったので釜ごと新品に取り替えるところにちょうど居合わせて、いつか使おうとしまっておいたのが数年前のことになる。
                  暖炉(のちに囲炉裏)の薪を確保することが優先で、風呂釜の薪まで充分に狩ってくる時間的余裕ができずのばしのばしになっていたけれど、リンク先のブログ「【極楽】」のsenang さんが書いてくれた記事を読み、薪でお風呂を沸かす時に必要な時間と薪の量が予測できたので、今年は設置に踏み切ろうと決めていたのだ。

                  まずは、しまっておいた釜を洗う。


                  いままで使っていたガスの釜は、古いものをもらったものだったのでいよいよ調子が悪くなってきていて、中を見てみてもどういう仕組みかよくわからなので修理も出来ずにいた。その点、薪釜は単純な構造なのでいざとなったら自分で直せるし、工夫次第でどんどん使いよくなるはずだ。
                  単純で原理のよくわかるものは、使いこなしてゆけていい。

                  お風呂の水管に取り付ける。二本の管の間の距離がぴったり合って、あっけないほど簡単に終わった。ガス釜を設置する時はこの管の間があわず、調整にゴム管を使って余計に費用がかかったのだ。



                  煙突をつけて設置完了。

                  senang さんの記事のおかげでおおよその状況はつかんでいたものの、初燃しはやっぱり要領がつかめずに時間がかかってしまった。二回目は一時間ちかくかかっただろうか。といっても、沸かしている間つきっきりというわけではない。思っていたよりも大変ではなかった。

                  そして予想外によかったことは、沸かしたあとも薪を少くして弱火(もしくはたっぷりのオキ)をつけ続けていれば、沸かしなおしたい時にすぐ火力を上げられるということだった。密閉式の釜だから、入っていく酸素の量を調整することは簡単なのだ。あたりまえのことなのだけど、あまりこの手の釜を使っていなかったおれにとっては非常に楽している気分になった。

                  お湯の状態は思っていたとおり良い。夏だからあまり感じないけれど、冬になればこの温まり具合はとてもありがたいものだろう。
                  そして今回気づいたのが、汚れ落ちがすこぶるよいことだ。もともと山の水をつかっているので落ちはよいのだけれど、薪の熱で沸かしたお湯はさらにちからあるものとなっているようだ。



                  最近は30分から40分くらいで沸かせられるときもある。追い炊きするためのオキの残し具合もだいぶわかってきた。

                  これで、高騰するばかりの石油燃料をまたひとつ使わずに済むようになった。現在生活のために買っているエネルギーは、たまに使う卓上焜炉のガスボンベ、電気、そして車のガソリンの三種となった。
                  | | 17:29 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                  夜と 火と 縄文と
                  0
                    榛東村の耳飾り館へ耳飾り作りの体験に行った。二度目の訪問である。
                    このブログにコメントを書いてくれているorbitさんに会えて、また学芸員の方の縄文に対する熱意と共感に感動のようなこころもちをを覚えて、縄文時代や石器時代の話をあれこれとし、楽しいひとときでした。今回作った耳飾りを野焼きする七月も楽しみである。

                    縄文土器を知れば知るほど、その精巧さに舌を巻く。自分が土器(陶器)づくりのはしくれであることもあり、粘土の扱いの難しさや、高温の炎をあやつって土を焼き上げることを身をもって知っている。縄文時代のひとのそれらの能力は、ひとがなしうる業(わざ)として最高レベルのものだと思う。
                    ただ技術のみのことではない。その造形美はいままで見たどんな物よりも優れていて、常に新しさをもっている。
                    ・・・まぁこれはおれの主観ではあるけれども。




                    その日は榛名山山麓の適当な森の中でキャンプする。野生の勘にものをいわせて絶好の野宿場所を探す、と言いたいところだけれど、車で移動している身ではおのづと限度があり、場所さがしになかなか手間取ったことは確かだ。
                    それでも好い場所を見つけた。さっそくテントを張る。山登りをしていた父から貰ったテントは旧式で、放浪のハーモニカ吹き、スヌスムムリクになった気分を味わえて、気に入っている。


                    思ったより寒くはない。というよりうちの部落が思っているより寒いということか。日もまだ暮れぬ明るい夕方に、燃し木を集めて火を起こし、持ってきた鹿肉を調理して夕餉の支度だ。

                    念のため大きめの鉈を持ってきていたのだが、あたりには落ち枝が散乱しているので、渇いた良い柴だけ選んで集めてもすぐ山積みになった。
                    火を囲んで食事をするのは囲炉裏を使っている我が家では日常のこと、だが、屋根も壁もない、ぢかの大気にふれて夜をむかえるのは、なんともいえず新鮮だ。

                    平原インディアンがそうであったように、縄文時代のひとびとも、天気のよい暖かい夜には邑(むら)のみんなで焚き火を囲んで食事をしたのだろう。一日を終えた感慨をみなで味わいながら、陽(あか)るい昼間が陰(かげ)の夜へと入れ替わる時を、どのような気持ちで過ごしたのだろうか。

                    夜の闇が怖い、という気持ちは、おれにもある。都会に暮らしていた子供の頃とは比べものにならないほど稀釈されているとしても、夜闇を怖れる部分は心から消えはしない。

                    だが、自然界の夜は明るい。月がなくとも星の光か、あるいは太陽の残り陽か、街に居るときよりも明るいのだ。夜鷹が鳴き、蟲の声がする。生まれたての夜に活発に動き出しはじめる生きものたちの、夜行性の時間だ。




                    焚き火の煙をよけて風上にいるとき、木立の向こうに物音を聞いた。
                    草を分ける規則的な音はゆるぎない確かな力強さをつたえ、大動物であることを明らかにしている。右へ左へと往復しながら近づいた後、足を止めてこちらを窺っている。ブルルルル、という鼻音は、彼も興奮しているということなのか。

                    猪にかぎらず野生のけものたちは、無用な争いを好まない。恐怖に打ち克つ強靭な抑制力と度量をもっている。
                    しかし、身を守るため、大切なものを守るために戦うことを決意すれば、一片の迷いもなく襲撃をおこなう勇猛果敢な戦士(もののふ)となる。

                    彼が向かって来たら、おれは的確に対処できるのか? 自分が傷つかないだけでなく、守るべきものを守ることができるのか? 
                    怖さがある。場数を踏んでいないおのれが恨めしい。彼のことをよく知り、また自分の能力のほどをよく知っているならば、恐れることなく持てるちからのすべてを発動させるだけであるものを。一瞬の判断を違えることなく行動できる裏付けある自信が、いまはない。

                    おれにはわずかな葉影しか見えない闇の中で、猪の音が遠ざかっていったとき、安堵を覚えたといわねばならない。
                    他人にむかってなら虚勢を張ることができても、自分の内の余裕の無さは、隠しようもなく自分自身がよく知っている。

                    森の中が怖い、自然の中が怖い、それでいいのですよ、と、タシナさんは言った。ひとは、自然界を怖れるのだ、と。
                    むしろ、その、畏れる気持ちがなくなったとき、とても危険であやうい存在になる。

                    しかしあのひとは、こうも言った。
                    わたしはわたしが自然界のことを恐いと思うようになることが、おそろしい。人間の街に馴れて、自然を恐がるようになってしまうことが。


                    野宿をしていると、たとえテントを張っているにしても、家という空間は守られていて安心できる場所であるということを思い知る。家の中にいれば、獣が近づいてくることを警戒しなくていい。毒虫が這ってきたり木の枝から落ちてくることを心配しなくていい。寝ている間に体が冷え過ぎないよう気遣うこともない。
                    けれどもそうやって安心の中にのみ生きることを、本当にひとは望んでいるのだろうか。夜の恐さ、夜の危機を乗りきるために、仲間とともにいること、自分がつよくなること、それらをめざして日々をつちかっていたのが、縄文の、野生の時代だったのではないだろうか。
                    そこには、鮮烈で、素直で、感情をほとばしらせてちからを用い、真剣に自分の作業に打ち込み、いまいきていること、いのちをあたえてくれたもの、それをつたえてゆきたいものへの思いがあふれていたと思う。


                    明るい夜を背景に、真っ黒に姿を映す木立ち、その樹木のシルエットを縫って、月が昇ってきた。
                    焚き火の橙とそっくりの、にぶいやわらかな色の十六夜(いざよい)だった。
                    この月とおなじ月を見、おなじ炎の色を見ていた縄文人のその耳には、夜鳥の叫びや猪の唸り声は、どう、聞こえていたのだろう。




                    翌朝、鳥の声とまばゆい朝の明るさで目が覚めたとき、夜を通して暖かかった大気と、朝露がほとんどなく濡れずにすんだことに嬉しい驚きを味わった。やはり我が家がある部落はそうとう標高のある、水気のおおい山中のようだ。
                    うすい雲は晴れる気配を感じさせ、今日もあたたかい好い日であることを伝えてくれる。
                    陽は、まだ昇らない。





                    | | 08:01 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
                    体が求めるもの
                    0
                      山へ柴刈りに行った。春の風で落ちた枝や、倒れた枯れ樹などを狩りに行こう行こうと思いながらも、暖かくなって囲炉裏を燃さなくてもしのげるようになるのでどうしてもほかの仕事を優先してしまい、なかなか行かれずにいたのだ。
                      煮炊きのためなら薪よりも柴のほうがいいので、ほんとうなら枝拾いの柴刈りを急いだほうがいいのだが、今日は薪を運んで力仕事で体を動かしたい気分なので、鋸を持って倒木を拾いに行く。

                      〜の気分、と一口に言っても、どうでもいい気楽なことがらではなく、体が欲しがっている、必要としている、と言い直そう。ここのところあまり体力仕事をすることが出来なかったせいか、運動しないと気分の良くないおれとしてはいっちょおもいきり体力を使って身体の掃除、リフレッシュが必要だと感じていたのだ。
                      生来運動好きで、身体の状態の観察を子供時分からしていること、また武術をしていることもあり、体の不調によっては運動によって身心をほぐすことが効果あることを経験で知っている。とくに頭を使うことで疲れたときは、運動が薬、と演武の形の練習に励んだりする。動きを追求していくことで肉体と精神とがクリアーになることを感じ取る。

                      じいさまが曹洞宗の修行僧だったこともあり、経を習わぬ門前の小僧ではあるが、禅に関心を持ち続けている。その求める境地がなんなのかわかっているわけではないが、冥想することで自身のこころの奥の声を聞くことが目的の一つだと思っている。
                      普段様ざまなことを考え過ぎるほど考えなければいけなくなっている現代人は、ぽっかりと空白になる時間を、頭もこころも整理しおちつかせる時をなかなかもてなくなってしまっていると思う。
                      雑念を払い、夜の湖面のように静かな精神(心)で自分の奥底の声に耳をかたむけてみると、こころが求めるもの、体が求めるものがわかってくるはずだ。

                      短気で大雑把なおれは、じっとしている静の状態より、いっそう動こうとする動の体のほうがこころが落ち着いていく。身体を静かにし心も静かにする座禅は、もっともっと年経らないとできそうもないが、動体のなかに静心をみいだしてゆく工程の中で、自分の体と心が求めているものがなんなのか、わずかずつ理解してきていることを覚える。

                      体と心、二つのものは繋がっていて、互いに補い合いながら存在している。この二つのものが大もとの根となって意識があり、思考がある。
                      けれども意識や思考ばかりを兎に角しなくてはならない慌しい過ごし方を続けていると、体の声も心の声も聞こえなくなってしまって本当は心体とも求めていない行動をしていってしまうことが、人の世にはままあるよなぁ。

                      体の求めるものが満たされない時は、いらいらしたり、体調が悪くなったり、病を呼び寄せることになってしまう。顕在意識で忙しく急がしくしているわれわれは、地球と繋がっている体の声を聞くことができず、自分がなにを求めているのか判らなくなってしまうのだろう。

                      ひとの体は地球で出来ていて、こころは、体を通して地球を含む宇宙から出来ている。だから自分の体と心をわかっていくということは、自然界や宇宙のことをわかっていくことへと繋がっている。
                      地球という巨きな樹の一つの細胞として存在するひとが自分のことをわかっていくその工程は、地球のことをわかっていくことへと繋がっている。


                      鳥のさえずりがこだまする山の中で、鋸をふるうことに専念し、切られていく枯れ樹の感覚を感じとりながら身体を動かしていると、そんなことがらが、思いをよぎっていった。







                      | | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |