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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

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桑の実とり
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    山を歩いている時、たわわに成っている桑の実を見つけた。山桑ではなく養蚕用の桑である。数十年前まで養蚕が盛んだったこの地域では、段々畑に沢山の桑の木を見かけることがある。―――急傾斜の山坂に、それは見事といえる石積みの段々畑が結構あるのである。使われなくなった後も自然の木々が生えるほどの時間は経っていないようで、けもの道を歩いていると突然ぽっかりと日当たりのよい平ら場になっていたりする。
    今は養蚕の影もなく、桑たちは好きなだけ大きくなり、鬱蒼と伸ばした枝はとなりの木と絡みながら沢山の実をつけている。

    一本の木に成っている実だけでも相当な量がある。鈴成りのなかから一番熟して美味そうなのだけを選んで採っても、きりがない。
    陽がよく当たるところほど熟れて大粒になっているので、登っていって手を伸ばす。


    山を歩いているとき見つけるこんな恵み、喉を潤しちからをあたえてくれる最高のご馳走だ。

    その場で食べるのが一番なのはいうまでもないけれど、日々のおやつやジャムにもできるので家にも持ち帰る。



    山桑は畑の桑より少し遅い時期に実をつける。里の桑より小ぶりで、甘みが濃くてこれも美味い。
    そろそろ採り頃の時期である。
    | 山菜・野草採り | 22:26 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント
    桑の実がいっぱい採れましたね!
    自然の恵は本当にありがたいですね。

    それにしても、石垣で築かれたあの段々畑は見事でした。
    山の斜面に作られたわずかな平坦地を見ると、その作業に費やした人間の営みや熱意がひしひしと伝わってきました。

    ありがとうございました。
    | 小室ひろ | 2009/07/16 12:23 PM |

    ひろさん、ブログでははじめまして。コメントありがとうございます。

    はい、たくさん採ったですよ。家族で採りに行ったので山ほどとれました。写真の数倍はあります。生では食べ切れなくて、おかマタギがジャムにしてくれているので、完成が楽しみです。

    採っているときも一粒ひとつぶの熟し方、大きさ、形、それぞれ違っていて個性を感じました。多種多様の虫が食べに来ていて、食う食われるの関係にわずかながら入っていけて、ここち良いです。

    やまを歩きながらも話しましたが、ここらでは家を建てるにも石垣を積むことから始まって時間がかかる。おれも作業場のために家の一角を広げる作業をしましたが、小さいとは言えそれまで草が伸び虫が飛び交っていた土地を自分の家族のために使わせてもらうことを、自分の手で行えたことは良い経験でした。
    人が暮らすために使う土地は、人以外の生きものの多くが生きられなくなってしまう、共存という眼で見れば同じ土地でもっと多くのものが生きていけると思うので、身の使い方を顧みて道を探してゆきながら、畑にも沢山の生きものがふえていくと良いなと思ったりしています。

    石積みは畑、家、道などいろんなところで使われていて、ひろさんの言うようにマチュピチュや、各地の石の文化がいまもって続いているとしたら嬉しいですね。

    ぜひまたいらしてください。やまの気をうけての作曲、楽しみにしていますよ〜。
    | 大口のま | 2009/07/16 10:55 PM |

    素晴らしい♪
    工房も自分で土地を切り開き作ったのですね。
    だから作品にもエネルギーが満ち溢れているように思います。

    山の気・森の息吹・沢音を聞きながらの創作!
    ワクワクしてきます。

    お誘いありがとうございます♪
    | 小室ひろ | 2009/07/22 8:26 PM |

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