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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

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浦川さん作のマキリ
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    もうひとつの日本文化(アイヌ文化)徒然ブログの書き手、arimaさんにお会いした。
    ナイフの鞘・柄作りの記事にコメントしていただいて以来、お互いにたびたびコメントをして意見を交換しあっている。それだけでなく、arimaさんは浦川さんの鹿解体の様子を収めたお便りをくださったり、何度か電話もいただいた。
    今回も、所用で来ていた本州で福島から横浜へと向かう際に電話をくださり、面会が実現した。うちの方へ寄っていれば横浜に着くのは夜更けとなってしまうのに、なれない道の運転、長時間の移動でお疲れのところを、奥様もお付き合いくださって本当にありがとうございました。

    お会いしていたのは一時間ほどだったけれど、非常に中身の濃い時間だった。待ち合わせ場所にしたお店の飲食コーナーで、arimaさんは五本のマキリをひろげてくれた。


    写真で見ていた精緻なマキリが目の前にある。壮観である。
    画面ではいままで何度も見ていた道具たち、実際に手にすることが、こんなに早く実現するとは思わなかった。

    持ってみて、その軽さに驚いた。
    浦川さんのマキリは身が薄い、とは写真からも想像していたけれど、なるほど、これだけ薄いとこんなにも軽くなるのか。
    おれはトペニ(イタヤカエデ)の材を持ったことはない。けれど、目の詰まった地肌からけして軽い木ではないと思う。ところがこのマキリは杉か檜でできているかと思うくらい軽い。

    これはたしかによほど硬い木でないと解体するときに割れてしまうな、とまず思った。
    しかし持ったときに頼りなさを感じることはない。初めて手にしているのに、不思議なくらい手のひらに馴染んで、すっぽりと収まっている感じた。
    握力でにぎって力まかせに切るのではなく、空気のようにあくまでも軽く使いこなししている浦川さんの手の内が見える気がした。


    どうしても言葉でつらねると長くなってしまう。手にしていると一瞬なのだが。

    模様の細かさ、刃を入れる鞘の中、汚れ出しの穴など、じっくりと見せてもらう。

    柄の先は刃にむかってわずかに細くなっていて、鞘にしっかりとはまり、簡単には抜け落ちない。それでいながら鞘に収めるときに「硬さ」を感じさせず、すっと収まる。一流の作りだ。

    見ながら、arimaさんがマキリづくりの浦河さんを話してくれる。
    形も模様もマキリだけでつくること。
    以前、山を歩いていて抜け落ちたマキリかあったことから、浦川さんは鞘と柄をつなぐ留め具を必ずつけている。
    木の皮で巻いた箇所がある鞘は、焼き焦がしてくりぬく作り方ではなく割って中を削る作り方の場合に補強として施す(もちろん巻いた木皮がマキリを彩る模様の一部となっている)。
    浦川さんのマキリ模様は細かくて、鱗模様が沢山あり、一方で渦巻き模様は多くない。目の前にある一本がそんな渦巻きのマキリであることに気づいてそれをいうと、これはNHKで放送される番組で作ったものとのこと。“一般のマキリのイメージ”を意識したのかな、というおれの意見にそうかも知れないとarimaさんは言った。


    今回一番感慨を受けたのは以下のことだった。
    アイヌは鋸(のこぎり)を使わない、浦川さんはその作法を守っている。製材されてきた鋸目のついた材は、アイヌの作り方ではない、と使わないという。
    そのため、一度割って合わせた鞘は、木の目に自然に沿って割れているので、どこを割ったのかわからない。隙間が見えないのだ。
    木で作ったものは温度や湿度の変化に合わせて動きがある(形が変わる)。張り合わせのものなどは合わせ目がずれたりすることもあるのだが、浦川さんの作り方はもとの木の有り方を回復するために動きがほんの僅か、あるいはまったくないかもしれない。一年をとおして安心して使える、長生きの道具ということになる。

    けれども、それ以上に感じるものがある。
    「アイヌのやり方を守る」
    これは単に伝統を守るということだけではない。
    もちろん浦川さんはアイヌの伝統と誇りをこの上もなく重んじ、愛していると思う。
    それはどういうことなのだろう、と考えていて、おれは一つのことに気がついた。

    道具を使うということは、自然界―――地球からものを借りるということだ。木を借り、金属を借り、水を借り、空気を借りる。借りる量が多ければ、地球にとってそれだけ負担になる。借し借りの中にはバランスがあり、均衡がくずれればどこかにしわ寄せが来て、不健康な状態、病いとなってしまう。
    生きるのに必要以上に借りないこと(使わないこと)、という大地のおきてを守っていれば、借りている側の生きものもだれかになにかを借すこととなり、いのちのちからは循環し、バランスがとれていく。

    自分が使っている道具がどうやって作られたか知らないと、自分が借りているものの量がわからない。必要な分を借りているのかどうか、わからないこととなる。これではバランスのとりようがない。

    おれがナイフの鞘や柄を作るとき、材は製材されたもの、製材用の機械で作られた、石油で動いているか電機で動いているかも知らない。鋸はホームセンターで買った。彫刻刀も買った物。焼き焦がすのに使った釘も買った。現代の製鉄産業の中で、どれだけのエネルギーを消費して今ここにあるものか。

    自然とともに生きてきた先祖の伝統を守ること、アイヌのやり方を守ること、とは、先祖のように自然と調和して生きることにほかならない。
    これがアイヌのやり方だ、と、言葉にすれば一言だ。
    けれどもそこには、ずっとバランスをとって続いてきた生き方がある。

    どうやればバランスがとれるか、など理屈で理解しようとすれば膨大な情報量を処理しなければならないだろう。情報を処理するにもちからを借りなければならない。

    まずは行動すること。行動するための智慧はまだまだ残っている。先祖たちが地域を越えて残してくれた教えを、理解していくだけのちからはおれたちにあるはずだ。
    これが縄文人のやり方だ、といえる生き方をひとつひとつ増やしていければ、その分だけ大地は健やかになっていくとおれは信じている。


    ストロボも使って撮影してみた。いつも手元にあればこんなに沢山の写真は必要ないが、浦川さんのマキリから学ぶために、いまのおれには必要だと思ったのだ。



    ※関連記事
    マキリを手にする 模様を感じる  (2007.08.21)
    沢蟹料理など  (2007.07.19)
     コメントのなかでarimaさんが浦川さんのお話を書いてくれています
    ナイフの柄のかたち マキリのマはマタギのマ?
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    | ものづくり | 08:47 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント
    大口のま 様
    t260arimaです。

    私がお見せしたマキリについて、ブログに取り上げていただきありがとうございます。

    制作者の浦川太八氏の生き方、アイヌの生き方にまで踏み込んだ文章は、逆に大口のまさんの行き方を示しているようで見事です。

    自然とともに生きてきたアイヌのやり方も、実際は時代とともに自然とのバランスをとりながら変化しています。
    しかし、『自然とのバランスをとりながら変化させる生き方』自体がアイヌのやり方だと思います。

    私が知っている数人のアイヌから感じるのは「貪らない(むさぼらない)生き方をしている」ということです。
    大口のまさんからも同じような雰囲気を感じました。

    今後ともよろしくお願いします。
    | t260arima | 2009/11/01 9:27 AM |

    arimaさん、コメントありがとうございます。また、そちらの記事でもお会いした時のことを書いていただいて嬉しいです。

    二十年も前、何の本だったか「ヤオカオカ」というアイヌ語を知りました。ほどほどに、という意味と書いてありました。ウェペケレ(アイヌの口伝え物語)で主人公の状況を表現するのに「なにがほしいとも思わないほど幸せでした」とよくあることも、貪らない生き方をアイヌが大切にしていることとうかがえます。
    得ることを喜びとしても、得られないことを悲しみとせず、いつも感謝の気持ちで暮らせるといいですね。おれはまだまだ欲するものが沢山あって、ヤオカオカの精神からは程遠い気がしますけれども・・・。

    新しい歌がうたえること、が大切だとタシナ・ワンブリさんが言っていました。古いもの、古い状況に執着することなく(心が居付くことなく)、いつも新しい気持ちでのぞんでいくこと。それは大きく受け入れることなのでしょうか。

    アイヌモシリを訪ねて、浦川さんにお会いできる日を楽しみにしています。

    これからもよろしくお願いいたします。
    | 大口のま | 2009/11/08 12:27 AM |

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