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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

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ザリガニ料理
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    今月はじめ、通っている整体道場の稲刈を一緒にした。田畑―――植物を育て実りをいただくということは、整体に通じるものがある、というか同じもの、という。大地という体のリズムや流れをきちんと知ってその恵みをいただくことは、大きな輪の一部としてあることだから、大地の一部であるひとの身体をきちんと知ることと同じ。

    当日、道場にお世話になっているひとがたくさん集まって、みなで楽しく稲刈りをした。もち米なので、うるち米より刈り入れの時期がおそい。
    家族づれのグループも多く、子供たちは田畑を遊びまわって、最終的にザリガニ採りに夢中になっていた。かつては何処にでも見られた、子供の遊びがそのまま生活の糧をも潤す風景だ。
    水の干上がった用水路や、畑の一角にある蓮池で、子供たちは10匹以上のザリガニと、フナのような魚、ドジョウ一匹を獲得した。

    で、それらの獲物をうちでもらうこととなった。くれるのだから、ありがたくいただきます。いただくからには食べないと申し訳ない。我が家の近くにはザリガニもドジョウも住める場所がない。
    いくつかの料理法を考えたけれど、ザリガニの味を一番味わえる方法、お湯で煮るだけで食べることにする。

    まずザリガニをざっと洗う。捕まえてから数日経ってしまったものの、大半が元気に鋏を振り上げる。細かくは洗えないけれど汚れで付いているのは土や石くらい、農薬や除草剤とも無縁の場所に暮らしていたので、あまり気にしない。


    ぐつぐつと煮立った鍋の中に入れる。瞬時に死を迎えられるように、何匹か入れてお湯の温度が下がったら、また煮立つまで待つ。

    元気に動いていたザリガニが不動の姿になるのを見るのは、矢張り悲しい。けれど食べるということはこういうことだ。

    すべて入れ終わって、赤く煮えるまで待つ。


    煮えたと思う小さいものからお皿にあげていく。
    ザリガニは「砂利蟹」とはいうものの、生物学的には蟹よりも海老に近い。ザリの語源も砂利ではなく、後ろにずりさがる動作を表した「いざる」蟹、という説もあるそうだ。
    とまれ、小さいザリガニは海老の姿そっくりである。


    中国でタイのひとと一緒に料理した時、ザリガニスープも作ったことがある。けっこう辛い味付けでザリガニそのものの味はよくわからなかった。それもあって今回は、茹で湯に入れた塩だけで食べてみる。
    小さいものなら殻も残さずいけた。大きいものは海老のように、頭部の硬い部分から腹もぎとり、背中の殻を剥いて食べる。
    思ったより薄味。蟹と海老を足して二で割ったような味だ。鋏の中の肉は蟹と変わらないように感じる。

    茹でただけでは食べられない硬い殻はとっておいて、後で沢蟹のように炒めて食べる予定。きっと香ばしくてよいおかずになると思っている。
    魚とドジョウは数日後、ドジョウは汁物の具にして、魚は焼いていただいた。
    | 料理 | 15:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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