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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

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鹿の脂
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    鹿を解体して先づ食べる料理は鹿刺し、そして大鍋で煮出した骨のスープだ。
    大きな鉄鍋を囲炉裏に掛け、鹿の骨を入れてぐつぐつと煮る。煮はじめて二、三日するとスープはまっ白に濁り、解体のときに取りきれなかった骨にくっついた肉も、この頃には剥がれ落ちてスープに混じり、じつに旨い。その濃いスープを小鍋にとって汁物を作るのが、毎晩の夕食になる。

    毎日煮ている鉄鍋は夜の間に冷える。冷えたスープの表面には、クリーム色に固まった脂が溜まる。この脂を取りわけてみた。鹿の脂は食べていても脂っこいということがなく、さっぱりしていて臭いもない。スープに溶けているものをそのまま食べていてもなんら困ることはないのだけれど、あまりに濃いスープを食べていると、いっぺんにそれだけの栄養を食べるのはもったいない気もするのだ。脂は脂で取っておいて、炒め物などの別の料理に使ってみた。

    固まった脂を菜箸で取る。




    中華鍋での炒め物に使っているところ。



    それほど沢山いれなくても十分で、あたりまえだけど鹿の肉にはとてもよく合う。
    牛や豚のラードのようにベタつくことがまったくない。植物油よりもサラッとしている。

    縄文時代のひとびとも獣の脂を取り分けていたようだ。榛東村の耳飾館で展示している土器には燭台と思われる器があり、獣脂が付着していた。芯をとりつけて火を灯し、明かりとしていたと想像される。
    また、縄文土器によくある筒型の器は、底よりも口のほうが広がっているものが多々ある。これは煮出した骨肉の脂を取るのには効率のいい形なのではないか、と思いついた。そのうちそんな器を作って実験してみたい。

    ※関連記事
    鹿バラ肉角煮   (2008.12.21)
    続、鹿解体・後編   (2008.11.12)
    続、鹿解体・前編   (2008.11.08)
    鹿解体   (2006.03.21)
    | 料理 | 17:17 | comments(8) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント
    いつも見ております。いつかこの様な生活ができたら、と思っております。
    | 玄翁 | 2009/12/25 5:54 PM |

     今回の2・3日かけてシカ鍋を作るストーブの話。まるで浦川さんの生活を目の当たりにしているような錯覚に陥りました。
     シカの油については、私もシカのバラ肉を茹でる際に取っておいて、炒め物や焼きそばなどに使っています。
     シカの油は本当に美味しいと思います。
    | t260arima | 2009/12/27 8:34 AM |

    玄翁さん、こんにちは。いつもご覧くださってありがとうございます。

    やまの生活を想い描いている方がこのブログを読んで、より具体的なイメージを持てたり参考にしていただけるなら、なにより嬉しいことです。
    現代のなかでは忘れられ失われていく生活の智慧やちからは、個人が得ようとするにはなかなか難しいものもあって、一人ですべてを実験しながら生活としていくには厳しいものがあります。でも、こうやって考えていることや実践していることを交流できて、自分の目指す暮らしへの手がかりとしていければ、実現するちからになっていくと思うのです。
    うちもまだまだ手探りで頼りない歩みですが、道はまだまだ遠く続いていますので、ぼちぼちですが、進んでいきます。

    これからもご覧いただいて、たくさん意見交換できたら嬉しいです。今後ともよろしくお願いいたします。
    | 大口のま | 2009/12/27 2:37 PM |

    t260arimaさん、コメントありがとうございます。鹿の肉も脂も、本当に美味しくて濃くてちからを感じますよね。逞しく生きてきたやまの命に感動を覚えます。このやまの命が、おれの体を形づくるちからとなっていることが嬉しく、誇らしく思います。

    「もうひとつの日本文化(アイヌ文化)徒然ブログ」も楽しく拝見しています。狩りに関する浦川さんのお話は力感あふれていてひしひしと伝わってきます。大地に根付いて生きた先人の時間が、自分に繋がった、という感覚です。この感覚を磨きながら狩りを行っていこうと思います。

    この冬は猪も何頭か見かけました。まだ若いものたちばかりなので狩りの対象とはしませんが、何年後かに沢山の大きな猪がいきづいてきたら、猪肉も味わえるかなぁと楽しみにしています。
    | 大口のま | 2009/12/27 2:39 PM |

    あけましておめでとうございます。
    大口のまさんは、良い新年を迎えられましたでしょうか。

    この記事の最初の写真を見て、最近ある本で読んだサーミ人(ラップランドの先住民)の食事風景を思い出しました。
    彼らの居住地は寒冷のために植物性の食糧は得られず、主に肉を主食としてきましたが(もっとも現代ではその食生活も変わってきていますが)、ちょうどこの記事のように、骨や脂まで利用するのです。
    彼らは鍋で煮だした動物の脂をコップですくって飲むのですが、その描写を読んで、何だか美味しそうに感じました。
    きっとこの鹿の脂も、とても美味しいのでしょうね。
    現代に生まれたわたしたちの多くは、もう狩猟採集生活には戻れないのでしょうが、大口のまさんの生活のように「まるごと食べる」「命をいただく」という精神は忘れないようにしたいものです。

    また時々お邪魔させていただきます。
    今年もどうぞよろしくお願いいたします。
    | alphecca | 2010/01/05 11:26 PM |

    alpheccaさん、こんにちは。

    昨年は身近な人、大切な友人たちがこの世を旅立ち、忍耐と変化の一年だった気がします。今年は2010、相変わらず変化はいろいろ有りそうですが、それに合わせて自主的な行動も活発にとれそうな一年の予感です。

    サーミのひとびとのことを少し読んでみました。住んでいるテントが平原インディアンのものと似ていて、この地方では寒くないのかなぁとも思いますが、きっと暖かくする工夫があるのでしょうね。勉強したいなぁ。
    寒い時に脂はいいです。鹿の脂、ぬくまりますよ。食べ物にする肉で主なものは草食動物ですよね。暖かい季節・地域なら植物を食べるひとびとも、寒いところでは草食動物の体を通して草を食べていますから、それには筋肉(いわゆる肉)だけでなく、内臓も骨の髄もみんな食べることがより良いです。皮も良いのでしょうが、こちらは衣類にしたいですね。

    狩猟採集の生活に必要なのは、なんといっても大自然、自然界に生きる数多くのいきものたちです。でもこれって、狩猟採集以外の生活でもほんとは必要なんですよね。
    かつてあった生活にそのまま戻ることはできないでしょうしまたそれを望むほど回顧主義が好きではありません。現在ある状況からできることをして、いにしへを大切にしながら、新たな道をすすんで行けばいいと思っています。
    狩猟採集に必要な智慧を、伝えられているものの中から学びなおし、必要な技と術を身につけて、そして大地が健康をとりもどせるように自然界に害とならない生き方に近づいていきたいと思います。

    本年もどうぞよろしくお願いいたします。
    | 大口のま | 2010/01/06 8:52 PM |

    ごぶさたしています。
    お元気な様子でなりよりです。

    なんとか身辺も落ち着きまして、音楽活動も始めたところです。

    採ったもの全てを活かすという生活は、今の消費(浪費?)社会を改めて考えさせられます。

    素晴らしいことですね♪
    | ひろ | 2010/01/21 10:51 AM |

    ひろさん、こんにちは。ご無沙汰してます。
    昨年はお互いなかなかたいへんなことがありましたね。落ち着いてきたとのこと、なによりです。

    お陰さまでこちらは風邪も引くことなく、元気に過ごしています。かなり寒い日もあったのに仕事が忙しくて薪が少くて、山からもってきた薪をその日のうちに囲炉裏で燃す、という泥縄な日々もありました。最近ようやく余裕がでてきたところです。

    採ったものの全てを活かす、ご存知のように自然界ではあたりまえのオキテですね。自然界と自分とが一体である生きかたでは、もちつもたれつ、関わったモノとの繋がりをおろそかにしないことが自分も生かす(活かす)こと。相手(モノ)を消費・浪費する関わりかたでは自分の体も精神も消費してしまって、たましいが水っぽいヒトとなってしまう気がします。
    いつか死を迎えるこの身も、その時は全てなにかの糧となって終焉を迎えられればと思います。

    ひろさんの日記、ときどき見ています。なにか新しい光との出逢いがあるようで(光の再確認?)、今後のご活躍がますます楽しみです。三月の「Blues Ette」、演奏も踊りも楽しみです。日が近づいたらまた詳細のご連絡お願いいたします〜。
    | 大口のま | 2010/01/21 7:35 PM |

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