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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

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民族衣装
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    中国は雲南省の大理。湖のほとりによこたわるこの古都では、かつて皇帝に献上していた模様のある美しい石を産してい、土地の名を冠して大理石という。
    この細長い街をひとりで旅しているとき、サニ族のおばさんに逢った。サニ族は同じ雲南省でも大理からはほど遠い石林近隣でくらしているのだが、独自の刺繍作品を売る行商であちこち出稼ぎをしているひとたちもいる。大理の道ばたに数人で座って作品を売っている彼女たちと話しているうちになんとなくうちとけて、あした白族の市場に行くんだけど一緒に行かないか? よし、行く。多民族が暮らしている雲南省でも、彩り豊かなサニの民族衣装は人目を引き、市場を見物している彼女たちのほうが白族のおばさんから、それ売らないか、などと言われて、照れたように笑っていた。
    別れる時、北京にある寮の住所を教えておいた。「わたしたちもこんど北京に売りに行く予定なんだ」「じゃあ訪ねて来てね」「おまえは北京までの汽車は何等車に乗るんだ?」「二等の寝台だよ」「ならわたしたちと同じだ!!」「北京に行くのは初めてだ!」お互いなまりのある漢語(中国語)で再開の約束をした。
    北京で会ってあちこち観光したあと、民族衣装の話しをしている時に、持っていたアイヌの服の写真集を見せたところ眼を輝かせて見ていた。請われるままにその本を貸して半年後、「おまえに借りた本を見て作ったんだ」と、サニ流アイヌ模様の服を持って再訪してくれた。





    麻布地に木綿の模様をはわせ、こまかい刺繍でとめてある。

    縄文時代のひとびと、伝統的な生活をしていたネイティブのひとびとは、自分や家族や仲間たちがつくった服や道具で暮らしていた。ひとつひとつに時間をかけて、つくり手と使う人とのあいだだけでなく、材料となったいのちとのつながりも目に見え感じられただろう。本当に必要なものを必要な分だけ、思いを込めてつくり、使っていたのだろう。
    そうやって生まれ、使われているものには「時」が宿っている。わたしたちが手にとり使うようになるまでのあいだに旅してきたたくさんのつながりが、しっかりと宿っている。それはちからを与えてくれるものだ。やさしい気持ちでつよく生きていけるパワーを。

    人がホッとするとき、自分と向かいあい、世界と向かいあえるのは、そういった宿っている「時」を受けいれられたときではないだろうか。



    このアイヌ――サニの民族衣装には、新潟でみつけた昔ながらの織りの帯がよく似合う。そしてそこに手製の模様入り鉈を佩くのが、おれのいま一番お気に入りの装束である。
    | ものづくり | 22:16 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント
    こんばんは。とてもステキな服ですね。アイヌの文様はわたしも好きです。
    この記事を拝読して、伯母が作ってくれた半纏のことを思い出しました。

    わたしの実家は長野の北部ですが、冬は大変寒いので、半纏が必需品です。
    わたしが幼い頃は、半纏は多くの家で手作りされていて、わたしたち一家の半纏も、豪雪地帯に住む伯母が作ってくれていました。素材は絣と真綿。
    ほとんど毎年、家族のうちのだれか一人の分が届くのですが、サイズはもちろん、絣の模様も、その人に合ったものが選ばれていました。既製品の多くは、男性用は青系で、女性用は赤系なのですが、うちに届くのは必ずしもそういうものではありません。だから、誰の半纏も、本当にその人に似合うんですね。
    ちなみに、自分の番のときは、可愛らしい模様が入った赤い生地の半纏で、とても嬉しかったものです。

    その後上京し、今では冬は既製品の羽毛の半纏を着ていますが、やはり伯母の半纏には及びません。伯母の半纏は、何とも言えない味があったし、素材も良かった。

    大口のまさんのおっしゃるとおり、手作りのものには、「時」や「いのちのつながり」など、実用性以上のものが込められているのでしょう。
    当時は当たり前のように着ていた、そうしたものも、既製服を着るようになった今となっては、その貴重さが身にしみて感じられます。
    | alphecca | 2006/10/19 1:12 AM |

    alpheccaさんこんばんは。
    伯母さんのつくってくれた半纏のお話し、読んでいてわれ知らず口元がほころんできました。あたたかい気持ちで一杯になる、すてきなエピソードですね。赤は生命のちからをつよくする色ですから、子どもをくるむ布などにむかしは必ず赤い布を使ったそうです。alpheccaさんへの伯母さんの想いを感じます。

    おれの祖父は新潟で禅坊主をしていましたが、知り合いの猟師さん(檀家さん?)が捕った兎の毛皮で作ったというチョッキを毎年愛用していました。形見分けに貰って現在我が家で着ていますが、見るたびにお祖父ちゃんの声や顔や和服姿を思い出します。

    身につけている服や道具、わたしたちの体を構成している細胞のひとつひとつだって、そんなふうにいろんな「知り合い」からもらって出来ていることをいつも感じていれば、それらのものを自然と大切にしていくのでしょうね。
    たぶん魂だってそうやってたくさんのつながりが混じりあい、生まれ変わりつづけているのでしょうから。そのことを感じられたら、みんな自分が独りじゃないってことを、忘れないんじゃないかなぁ。
    | 大口のま | 2006/10/19 11:21 PM |

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