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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

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鹿の毛皮
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    猟で獲れた鹿からは、肉も採れるが内臓・角・骨・毛皮も採れる。内臓は刺身やモツ煮にして美味しく食べられるし角は装飾品になる。骨や毛皮は昔はよく利用されたそうだが、今では捨てられる場合がほとんどだ。なので大口のまが鹿の解体を手伝った際に、骨や毛皮をもらってきてくれる。骨からは美味しいスープが取れるし、毛皮はうまく加工すれば素材として服・かばん・敷物などのあらゆる物を作ることができるからだ。


    去年もらった毛皮は、内側に灰を塗って乾燥させて保存してある。これを使えるようにするには、なめしたりする作業がまだ必要だ。

    イヌイットの家の中には、子ども部屋として全面アザラシの毛皮で覆った小さい部屋があり、中に居る人の体温だけで室温が20度以上に保たれる。アメリカインディアンのティピも、三角錐の狭い空間が焚き火で暖められて効率的だが、まこと先住民の知恵は無駄が無い。我が家も囲炉裏を使い柴だけで暖を取り調理できていることはありがたく思うが、家自体に隙間が多くまだまだ冷気を感じるので、鹿皮を敷いたり壁に掛けたりするなどの工夫をしていきたい。

    しかし、そのような暮らしの工夫をする以前に、人間にも熊や鹿のような毛皮があればよいのに、とも思う。哺乳類の中で、ヒトのように柔らかい無防備な皮膚が露出していて頭部にだけ長い毛が生えている生きものは珍しいのでは?他の生きものから見ると、ヒトはなんとも奇妙な生きものに見えているのではないだろうか。

    ヒトに似ている生きものに、ブタがいると思う。ブタは猪が家畜化し、毛が無くなり色も白くなってしまった。野菜も、もとは野生の植物がヒトの手により品種改良などされ「軟白肥大化」されたものだ。野菜もキャベツや白菜などは一番外側の葉は青々としてしっかりとしているが、畑からは内側の柔らかい部分だけが収穫されて店頭に並ぶ。ヒトは、野菜・穀物・家畜などの軟白肥大化されたものを常食しているので、当然ヒト自身も軟白肥大化してしまうわけである。生活習慣病も発生して当たり前だ。その上美容面では、さらなる「軟白化」が志向されている。食の面では、自然の中では当たり前の「有機」や、どんぐりだけを食べさせた「イベリコ豚」などが珍重されており、なんとも皮肉である。

    野生の鹿や猪の肉は、色も味も濃い。野生の獣の味に慣れると、家畜の肉は味が薄く歯ごたえも無いので、なんとも物足りなく感じる。色も薄いので、見た目にもちょっと気味が悪い。物足りないのでついつい量を食べてしまうが、それでも満たされない。野菜も同じである。野菜は柔らかくクセも無いので量を食べてしまうが、野草は味もエネルギーも濃いので少しの量でも食事としては満たされてしまう。なるべく野生の動植物を食べるようにすれば、ヒトの身体も精神も今よりは健康になるのではないだろうか。

    熊は洞窟や樹のウロなどで冬眠するが、あれだけ立派な毛皮があれば日当たりが良く風当たりの無い場所を選んで厳しい冬も越すことができるのだろう。そして晴れて穏やかな日には、時々外に出て日向ぼっこをしたり沢の水を飲んだりするのだろうか。寒さに震え半纏や厚手の靴下で身を固める冬には、穴の中でうつらうつらと過ごす熊に無性に憧れてしまうのである。
    | 狩り | 14:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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