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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

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蟹捕り洗濯機
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    梅雨ですね。
    というにはいまいち落ち着かない天気がつづいていますが、長雨のような雨続きだったりあるいは夏のような日差しと雷雨だったり。先日も急に降ってきたラムネのビー玉のごとき大きな雹に痛い思いをしながらも、自然現象の活発な表情を楽しく思う一日でした。

    こんな降水の多い日、晴天よりも元気に動くひとびともいます。木突つきもそうです。小雨のぱらつく朝や降りだしそうな曇天日なんかは、晴れの日よりも木突く音が谺(こだま)します。しめって響きのよくなった山谷の大気を、コッコッコッとリズミカルな音が染みていくのはこころ落ち着くものがあります。

    蟹も、雨天のほうが活発です。活動範囲が広がります。道路に出てきたり、 我が家のお勝手を大きな顔で歩き回ったり します。風呂場にも出ます。排水管が単純直結なので、本人の意思で出入り自由です。
    今季は洗濯機の中でも見かけるようになりました。

    これはちょっと、どうやって入って来たのかわかりません。入り方がわからないので、出て行くことが出来るかどうかもわかりません。
    なんにせよ、おかずにします。


    はさみの片方が大きいので、これは雄のようです。

    例によって冷凍庫のパックに入れました。

    数日後、こんどは脱水層に入っている蟹を見かけましたが、こちらはすでに息絶えていました。出て行くことが不可能なことがわかりました。
    死後どれくらいの時間が経ったのか不明なので、我が家のおかずにすることはあきらめます。沢べりまで運んでそっと置きました。小動物たちの糧となり、土に還るように。

    冷凍パックのなかの蟹の数はだいぶ増えました。そろそろ料理しようと思います。

    ※関連記事
    沢蟹料理など                (2007.07.19)
    | 狩り | 15:08 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント
    大口のま 様

    蟹が家の中に入ってくるお話ですが、私も子供の頃を思い出しました。
    その頃は神奈川県の逗子というところで桜並木の堤防がある川のすぐそばに住んでいました。
    家の周りは一年中真っ赤なはさみをした蟹の天下では、そこら中どこにもいました。
    特に5月頃から10月頃までは活動も活発で、家にの中にもよく入ってきました。家の中に入ってくるのは子蟹が多く、追いかけるとタンスの裏側に逃げ込まれました。
    どうして子蟹が多いのか観察していると、我家の外壁はモルタルだったのですが、その垂直な壁をモルタルの凸凹にうまく足を引っ掛けて登ってくるのでした。

    もうひとつ〜脱水層に入って死んでいる蟹を沢べりまで運んで葬った話についても、先週の土曜日(06.30)のことを思い出しました。今は北海道に住んでおり、そのときは朝8時頃、平取町の二風谷というところに向かって国道を車で走っていました。200メートルほど先行する車が変な動きをしたので、少し慎重に運転していると、狐が2匹、10メートルほど離れた間隔で道路上で轢かれた状態です。一匹は小さいので子狐かもしれません。(轢かれて潰れて部位もよくわからない状態でした。)
    当然、死んでいますが、放置すれば、遺骸がますます轢かれることになります。
    道路わき5メートルほどの草地に運んで、フキの葉っぱ10枚ほどを被せて供養しました。

    来週の土曜日、浦川さんのところに行ってきます。マキリの話、聞いてきます。
    | t260arima | 2007/07/08 3:30 PM |

    t260arima 様

    コメントありがとうございます。
    家の中に野生の生きものが入ってくると、屋外の自然界と自分の住んでいる空間がつながっていることをいっそう感じることができて、嬉しくもあり、またホッとします。東京に住んでいる時は家の壁がそのまま「我が世界」の境界線になっていて、とじこめられた狭い空間に息がくるしいような思いをしていました。生まれたときからその居住環境に慣れているはずなのに、もって生まれた魂には馴染まなかったとみえます。
    ですから、昔ながらの民家で縁側の戸を開け放ち、外(おもて)と内(うち)の隔壁をなくす生活をずっと夢みていたおれは、実現している今たいへんここち好く暮らしています。縄文時代もアイヌのチセもインディアン・ティピもジプシーの幌馬車も、生活空間は家屋の外まであるのが自然だったのですものね。

    蟹は先日食べました。とても美味しかったので、その獲捕に以前より少々積極的になっています。また写真入りで記事にしますね。

    死んでいた蟹は、供養と言うほどのことはしていないのですが、死して役目を終えた肉体は、まだこの世を終えていないものたちへの糧となり土となり、宇宙の巡回のいとなみにはずれることのないように願っています。
    ですから、道路で車に轢かれているものを見ると、気持ちが沈んでこころが傷みます。
    おれは高校時分四キロほど歩いて通学していましたが、アスファルト上で死んでしまった生きものを見たときの気持ちは今も変わらず悲しいものです。いっぽうで、やまの中で死んでいるからだの場合はとても自然です。悲しみの先に、なにかこころあたたまるものがあるのです。

    現在住居としている地域は自家用車がなければ買い物にも行けないようなところですので車を使わないわけにはいかない現状ですが、はやく住居周りのやまの恵みだけで生きてゆけるようになりたいものです。そして、出掛けるときも自前の足のみで遠出もできるよう、身体状況と生活状況をととのえてゆきたいものです。山の民のように。

    浦川さんのお話し、楽しみにしています。ほんとうに、どうもありがとうございます。
    マキリという言葉はやはりマタギの間でも使われていた(いる)ようで、昨日読んでいた書にはっきりと書いてありました。今日はもう晩いのでまたあらためて、自分の記事に補足としてコメント書き込みしようと思っています。

    また、近々知り合いづてで、マキリを手にすることが出来そうです!! 「アイヌの民具」の写真を見て以来ずっと胸に秘めていたマキリを! 
    興味深い作家さん(狩猟もしている)の手によるマキリで、なんらかの形でこのブログでも記事にしてゆきたいと思っています。ナイフ作りの話のときでも。
    現時点ではまだ実現していない、獲らぬ狸のなんとやらですが・・・。

    ところで完全に余談なのですが、昨今神奈川県関係の知り合いに多々めぐりあっています。神奈川の山中でなにか面白そうなことが始まる兆候か、こんどじっくり遊んでこようと思っています。
    | 大口のま | 2007/07/09 12:36 AM |

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