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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

栗の実 栃の実 山椒の実
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    地元の山から栃の実を採って栃餅を作っているやまんばさんに、栃のアク抜きを教わりたいと思いながらなかなか叶わなかったここ数年。今年やっと栃を拾うことができました!

    なんともうかつな話で、家からすぐ近く、しょっちゅう薪を採りに行っている場所に立派な栃の樹が立っていた。他の木が茂っていて葉が見えなかったこともあるけれど、木肌で樹種を判別できていないことかくの如し、まだまだやまのことを知らなすぎる。
    栃だ! と気づいときはすでに遅かったようで、実は殻を残してなくなっているものがほとんどだった。鹿が食べ虫が喰い、収穫といえるものはほとんど無かった。

    栃は一本しか見あたらないけれど(いまのところ)、栗の樹はたくさんある。現に薪にしているのは枯れて倒れた栗の樹がほとんどだ。栃の実の殻が落ちている周辺には沢山の栗の実が落ちていて、こちらは中身がちゃんとあった。栗は栃よりも少し実りが遅いようだ。


    栃の葉っぱと、小粒の実と殻。


    傾斜のきつい山々では、距離は近くても実りの時期にむらがある。標高によって気温はかなり違うし、日の当たり具合も大差があるからだ。別の場所の栃の実はまだ遅くないかも知れない。自宅付近は来年以降の楽しみとして、今年の収穫をまだあきらめたわけではない。


    通っている整体道場で知り合った青年が遊びに来た。かれの容貌と雰囲気からおれが受ける印象は、ブレーズ・サンドラールの青年時代といったところ。サンドラル法師(ぼうし)とあだ名する。
    サンドラル法師は山暮らしに関心を持ってくれたようで、今回一泊滞在していく。重い薪を運び出すのを手伝ってくれ、一緒に栗と山椒の実を採り、祭りに向けてちょうど始まった獅子舞の練習にも参加した。翌日、運んできた薪を鋸で切り斧で割ることも体験する。なかなか筋がいい。

    さて、栃の話である。
    前々から大きな栃の樹があると見当をつけている場所へ、サンドラル法師もつれて出かけていく。我が家のある山の裏側に谷になっている場所に、大きな栃の樹があることを数年前に歩いていたとき見つけたのだ。尾根越えをして歩いていくとずいぶん時間がかかってしまうので、今回は車を使って山をぐるっと周って行く。

    谷の北西、つまり南東を向いている斜面を歩いていく。思っていたよりも沢山の栃の樹があったが、うちの近くのものよりも黄葉がすすみ、落ちているのは殻ばかり。うちより大きな殻が目立ったのは、日当たりの違いだろうか。
    太いもの細いもの、栃の木が続く谷間をさらに登り進んで行くと、まだ葉が青い大きな栃の樹があった! 中身の詰まった実も沢山落ちている。やった! 栃の実拾いがやっと実現した。 

    いろいろな木の枯れ葉に実が落ちている。殻だけのものも多いけれど、中身が入っている殻の外側は鮮やかな黄土色で、一両日ちゅうに落ちたもののようだ。鹿の足跡が多いことからも、採りごろの時期は数日から一週間前だったかと予測する。今回はぎりぎり収穫に間に合ったというところか。
    標高が低く暖かいところよりも、上に登った気温の低いところのほうが実りがおそく、落ちるのもおそいようだ。

    サンドラル法師が一本の木の枝で枯葉を分けている。真似しておれも枝を使う。手を使うと一度に大量の枯葉を動かしてしまい、混じっている栃の実を見落としてしまうが、細い枝で書き分けると葉っぱの隙間から丸い実が顔を出す。これはいいやり方だ。薪割り斧の振り方も短時間で上手になっていたし、サンドラル法師は山に暮らす本能が発達しているのかもしれない・・・?


    栃の実。


    山椒採り。


    山椒の実。


    栃の実拾いを終えて夕方、地元の手打ちうどんのお店で天ぷらうどん・カレーうどんを食べた。天ぷらはおかみさんが今朝採ってきた地のもの。
    このお店でもやまんばさんの栃餅を置いているけれど、いつもすぐ売切れてしまい手に出来ないことが多い。この日も売り切れだった。
    しかしサンドラル法師が来た日おれはやまんばさんのお店で買い物をし、そのとき栃餅を貰っていた。店に入るなりにこにこ笑って「ちょうど残っていて自分が食べようかと思っていた」と言いながらやまんばさんは二個の栃餅を持たせてくれた。我が家でお茶を飲みながら半分個の栃餅を食すサンドラル法師、かれに山の幸は味方したようだ。

    うどんを完食して店を辞し、小雨の振り出すなかを、かれは峠を越えて帰っていった。


    栃の実はまず水に漬けて、虫が喰っているものを選別する。
    その後あく抜き作業をやまんばさんに教わっていきたいと思う。今回たくさんの量が採れたわけではないけれど、練習用としてはちょうどいいかもしれない。
    また記事に書いていきたいと思う。


    ※ブレーズ・サンドラール Blaise Cendrars はフランスの詩人。若い頃に旅に出て以来世界中を放浪する。
    アフリカの呪い師たちとともに過ごした時間から生み出された詩を原作に「影ぼっこ」という絵本がある(原題SHADOW サンドラールの詩の題はLa Feticheuse(魔法使い))。おれのお気に入りの絵本のひとつ。ぽるぷ出版から発行されています。
    | 山菜・野草採り | 10:22 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    あかそとひれはり草の味噌ジャガ炒め
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      なかなか記事に書いていないけれど、日常に野草を食べている。今年春から食べたのは、杓(しゃく)、桑の葉、あかそ、みやまいらくさ(みやま刺草)、ひれはり草、たんぽぽ、蓬(よもぎ)、山椒、露草(つゆくさ)、姫女菀(ひめじおん・ヒメジョオン)、背高泡立草(せいたかあわだちそう)、猪子槌(いのこづち)、などなど。

      杓(しゃく)のように直接調理できるものも多いけど、アクが濃いものは最初に沸騰しているお湯でさっと煮るものもある。いらくさの棘(とげ)は刺されるとしばらくの間しびれるもので素手ではつかめないけれど、お湯に通すことで毒が抜けきり、美味しく食べられる。

      最近食べたあかそとひれはり草を入れたジャガイモの味噌炒めの料理を紹介する。


      水で洗ったあかそ。


      ひれはり草


      沸騰したお湯に入れて、1分か2分くらい。


      水をきってから細かく切る。


      ジャガイモをにんにくとしばらく炒め、さらに水を足して煮る。火が通ってきた頃、あかそとひれはり草を入れる。ひれはり草は洗って切ってからアク抜きのために水で揉んだもの。


      味噌で味付け。


      ご飯の上に乗っけて食べるのが美味しい。
      味付けはお好みでみりんや料理酒、唐辛子や生姜なども合うかもしれません。

      ちなみに、あかそはその茎の繊維を使って布を作ることができる。やまから採った草木の繊維で作った服で生活するのが、おかマタギとおれの夢だ。

      野草は味も濃く、たましいも濃い。体のちからとなるパワーが強いので少量でも満足できる。そして鹿のように野生の肉との料理には良く合う。
      野草を頻繁に食べるようになってから、体の調子が少しずつ変わってきたようでもある。まだはっきりとはわからないけれど、食べる量や好み(体が欲する食べ物)、体重など。

      野生でないものを食べる割合がまだまだ多いけれど、さらに野生食を続けていってどのような体になっていくか、楽しみにしている。
      | 山菜・野草採り | 17:32 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
      山と躰
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        友人のダンサー、“跳ぶ黒耀”が遊びに来た。
        ある小さなイベントで知り合って以来、六年越しの付き合いだ。おれの作ったペンダントの初めての購入者であるかれは、新作を作るたびに熱心に選んでくれて、常に頸に掛けていてくれる。

        跳ぶ黒耀がうちに来たのは初めてのことではないが、今回は一緒に尾根へと上った。
        幼い頃から山や木々に親しんでいたというかれは最近特に山々に惹かれるらしく、毎日のように山間へと車を走らせているそうだ。そんな「山好き」の所以かはたまたダンスで培っている身ごなしのためか、急傾斜にもかかわらずかれの足運びは確かなもので、山にしょっちゅう薪をとりに入っているおれと同じくらいの速度で上っていく。

        斜面を稲妻に横切る鹿の道、針葉樹の多い尾根の道を歩きながら、話をする。躰(からだ)の使い方や身体表現、藝(芸)術に関して、かれとは同じ視点を持つと感じている。小学生の頃からダンスにのめり込んでいる跳ぶ黒耀、幾多のイベントやステージで踊るかたわら現在は後輩たちに教えてもいる。
        そんななかで、かれが大事にしているのは身体で感じ、楽しむことだ。「技術を会得するだけでは光らない」。かれ自身、体操選手のところへ勉強に行ったりと技術を取り込むことには積極的だが、自分の内側から求めるもの、内面を表現する手段として自分に合った技術だからこそ習得するのだ。

        そんな話をしたり、山の話をしたりしながら、お気に入りの岩尾根に来た。


        *              *              *

        身体を使う上で重要なのは足腰だ。特に腰は「体の要」と書くくらいで、その使い方は全身の動きに影響する。
        腰、といっても様々なとらえ方があるけれど、武術や整体を通して見ると骨盤と腰椎の使い方=姿勢が大事だということがわかる。
        人の脊椎は二足歩行するためS字を描く形になり、腰椎は臍の方向に湾曲している。そしてその下に続く骨盤がどの方向を向いているかで、全身の使い方はことなってくるのだ。武術のようにしっかりとして速い動きに備えるためには、骨盤下部が前方を向く方がよく、また腰周りの筋肉、体の内側の筋肉を適度に活用し鍛えることにもなる。内臓を上に押し上げるような姿勢だ。

        この骨盤の向き(姿勢)、そして骨盤自体がいかに柔らかく動くか、ということが健康上でも身体表現の上でも大切になってくる。

        骨は硬いものではあるけれど、柔らかいものでもあるのだ。

        生きている骨は水々しいもので、柔軟性があり、それゆえに弾力ある頑丈さをもっている。一つの骨も、実はいくつもの部分が合わさってできており、関節ほどではなくとも可動性があるのだ。鹿を解体し、スープを摂るために鍋で煮続ける骨を見ることで、骨に対するおれの認識は以前より詳しくなった。煮終わった骨が無数の細かい部分にほぐれることや、煮る前より軽く脆くなっていることは、生きている骨の内にある水と養分(軟骨や脂肪のようなどろりとしたもの)の存在をありありと感じさせた。これらが骨の強さを担っているのだ。

        だから、骨が柔らかく動く、それはいまのおれに実感としてわかるものになった。

        鹿の解体による身体組織の認識と、整体を教わり始めたことで、骨盤を動かすということが重要だということを知った。骨盤は、一番大きな腸骨と、その中心にある仙骨、そして仙骨の下部の尾骨の、三つの骨でなっている。
        腸骨が左右に開いたり閉じたりすることを意識しながら動くと、それだけで以前には苦しかった足の動きもスムーズに気持ちよくできる。
        跳ぶ黒耀にそんな話をしながら、おれの知っているいくつかの動きを教えた。拳法にある両足裏を地面に付けたままの伸脚や、日本武術で“一文字腰”と呼ばれる姿勢などなど。どちらも重心(仙骨のあたり)が二つの足を結ぶ線の上にあることが大事だが、骨盤や股関節をやわらかく使えないとそれがなかなか難しい。
        一文字腰は相撲の四股や股割きとも通じる鍛錬法・柔軟法で、この姿勢のままで息を吸いながら骨盤を閉じ、吐きながら開く。また、腸骨は動かさず、仙骨(と尾骨)だけを左右に震えさせるという動きも見せた。正しくできているかよくわからないのだけれど、少し震えさせるだけで全身がリラックスして、熱くなってくる。
        拳法の伸脚は足首と股関節・骨盤の繋がりをしっかりと意識しながらおこなう。元来おれは右の足首が硬かったのだけど、これをやることで少しずつ柔軟性を取り戻し、同時に股関節も柔らかくなってきたようだ。足を動かすときに以前より軽く、楽になった。
        右足首は左股関節と、左足首は右股関節と関連していると整体で教わった。

        すでにかなり体の柔らかい跳ぶ黒耀も骨盤を意識したこれらの動きは初めてのようで、楽しそうに聞きながら自分でも体を動かして試していた。


        山から下りてきて夕方、薪割り薪切りを跳ぶ黒耀が手伝ったくれた。子どもの頃、田舎の青森で鉈を使って薪割りを手伝ったことのあるという跳ぶ黒耀は、真剣な表情で鋸を操り、斧を振るっていた。

        身体操法は生まれつきではなく幼少時から身に着けていくものだ。その本質を感じ取れれば、どんな動き・表現でも通じるものはある。
        野生の生きものたちのような、理に合い、優美な身体表現を、かれがますます磨き輝かせることを楽しみにしている。


        ※関連記事
        高水山獅子舞見学  (2009.04.19)
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        桑の実とり
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          山を歩いている時、たわわに成っている桑の実を見つけた。山桑ではなく養蚕用の桑である。数十年前まで養蚕が盛んだったこの地域では、段々畑に沢山の桑の木を見かけることがある。―――急傾斜の山坂に、それは見事といえる石積みの段々畑が結構あるのである。使われなくなった後も自然の木々が生えるほどの時間は経っていないようで、けもの道を歩いていると突然ぽっかりと日当たりのよい平ら場になっていたりする。
          今は養蚕の影もなく、桑たちは好きなだけ大きくなり、鬱蒼と伸ばした枝はとなりの木と絡みながら沢山の実をつけている。

          一本の木に成っている実だけでも相当な量がある。鈴成りのなかから一番熟して美味そうなのだけを選んで採っても、きりがない。
          陽がよく当たるところほど熟れて大粒になっているので、登っていって手を伸ばす。


          山を歩いているとき見つけるこんな恵み、喉を潤しちからをあたえてくれる最高のご馳走だ。

          その場で食べるのが一番なのはいうまでもないけれど、日々のおやつやジャムにもできるので家にも持ち帰る。



          山桑は畑の桑より少し遅い時期に実をつける。里の桑より小ぶりで、甘みが濃くてこれも美味い。
          そろそろ採り頃の時期である。
          | 山菜・野草採り | 22:26 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
          牙 狼と二本足
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            狼の牙がやってきた。



            出逢いの出逢い、二度きり会ったひととの約束で、その牙はおれのもとに送られてきた。
            おれはかれに角と爪をわたそう。おれのナイフによって息をひきとった鹿の爪、やまやまを駆け、草の匂いをたっぷりと吸った蹄。まだ成長しきらない子鹿の角。枝分かれしていない。おれが初めて解体に居合わせたときの鹿、おれがもらわなければ捨てられていた角。

            狼はおれにとって特別な存在だ。
            狼に導かれて、この道を生きている。

            こう書くと、誤解もあるかも知れない。
            おれがこの眼に生きた狼を見たのは檻か金網ごし。ある国の首都にある動物パーク、犬たちが囲われて大勢わめく中で、一頭の狼の眼だけが輝いていた。どの犬とも違うエネルギーに充ちた眼。

            しかしそれよりずっと以前からおれのこころに狼は棲んでいる。狼の足跡をたどりたくて、やまやまを裸足で歩いた。

            かつてこの弓の島にもいた狼。

            山の使いとして、ひとびとは祀り、尊んでいた。
            すべての生きものがひとを導く神々のひとつ。自然を師として、ひとは大地に生きていた。
            狼は一番ひとに近い導き手だった。
            狩りをし、群れをなし、仲間とともに子どもたちを育てた。
            歌い、遊び、笑い。
            ひとびとは狼とともに生き、狼を手本に狩りのことわりを知った。

            狩り―――大地のカラダを借り、ちからを借り、かりそめの時を精一杯いきること。

            大地から離反した時、人にとって狼は敵となった。狼は大地のもの、決して人に従わない野性の民だから。


            自分自身をいきることをせず、従属していきることは、狼にとって死ぬこと。かつておれはそれを経験し、いき続いていた時、二度と従属しないことを誓った。
            それは狼の道だった。

            文章と写真と映像で知った狼の姿は、おれにとってあまりにもあたりまえの姿だった。これが、生きるということだ・・・!
            歩む道がはっきりと見えたころ、タシナさんに逢った。
            鹿の爪を地に置いて中心、いあわせたすべてのひとは輪になって座った。
            タシナさんの語る言葉は言葉を超えて、声にならぬ話と世界が見えた。
            このひとはおれと同じ眼で世界を見ている。そう思った。


            届いた牙は子狼の牙。まだ肉を切るギザギザが育ちきっていない。
            如何にして人間に出遭ってしまったのか。骨になり、この牙を抜かれたか。
            まだいききっていなかったろうに。

            おれはこの牙を頸に懸け、これからをいきる。

            タシナ・ワンブリさん 記 「胆汁」
                  同じく     「同じ二本足――くま殺しについて」
            鈴木 敦子さん記 シャイアンに語り継がれているオオカミの話し(タシナ・ワンブリさん語り

            | 遠吠えと谺 | 15:26 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
            死して活きるいのち
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               雨が降っている。
               水気の多い時期になった。夏の夕立のように土砂降りのときもあるけれど、全体としては安定した水の量だと感じる。昨日は陽光が眩しくて、ひさしぶりの薪作りに精を出した。
               木の実 草の実も色づいている。桑の実、木苺、蛇苺。豊富な水で色鮮やかに膨らんでいる。

               うちの傍にあるぐみの樹にも、赤くなった実がちらほら見える。あお(緑)くて硬い実が黄色くなり、やがて艶やかな紅を呈すさまは、日差しが吸い込まれて育っていく時間を視覚化している。


               そして、樹の下にはたくさんの硬い実が落ちている。あおいもの黄色いもの、熟すことなく樹から離れ、土に帰るを待つものたちだ。


               ふたたび樹についている実を見る。ひとつひとつの実が、大きく成るために、一生懸命枝に結んでいる息が感じられる。


               ひとつのたねがうまれ芽吹くまでに、いくつのみどりごが土に帰るのだろう。
               草木の種、虫・魚・爬虫類や鳥の卵。
               一説によると人の子も、宿ったことに気づかれぬうちに消えていくものがあまたあるという。

               消えていき土と帰り、次にうまれてくるもののためのしるべとなる。たとえわずかな時でも、この世にあって縁を結び、次のものたちへとつながっていく。
               関係ないんだ、長い短いは。

               いにしへのやまとことばで “死”を、“かむあがる”。
               神へと上がるいのちの一歩として祀る。
               生きているいのちひとつは無数の死するいのちのつながり、神たちとのつながりでここにある。
               この世界にあらわれるかたちはみんな、見えないいのちを背にもって、一時いっときを過ごしていく。

               天(あめ)から来る光に宿り、地(つち)に帰するまでの、それぞれの時間。
               天と地のあいだでうづまいている一つひとつの命たち、光が流れながらとどまっている。


               あめが、しずかに降っている。
              | いきもの | 22:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              Mitsuyoshi追悼コンサート  デジタルホーンのこだま
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                先週、品田光美さんがこの世に別れを告げて旅立った。
                “音色の指”としてこのブログでも登場したことがある、デジタルホーンの演奏者だ(「“縄文(もよう)のある暮らし”、初日」)。

                前橋弁天村の村長さんが中心となって追悼コンサートが催される。
                『 場所 赤城山頂・あかぎ広場ステージ
                  時 09/6/21(日) 12:00〜18:00
                   夏至の日没まで歌い、奏で、太鼓しましょう 』


                かれとの出会いがどんなだったのか、覚えていない。二回目に会った時は一日をともに過ごして御巣鷹の尾根へ登っていた。それほど自然な出会いだったのだと思う。
                展示会を催すと、たびたび現れては演奏してくれた。
                苦手な街中での仕事に辟易しているおれを誘いだして、一緒に飲みにいき、そのままかれのアパートに泊まった。モンゴルのどぶろく、初めて味わったGin、美味かった。

                一昨年の夏、例によって突然訊ねてきたかれの雰囲気が何か違い、明るさをましたようなので訊くと、勤めていたトラック仕事を辞めた、とのことだった。これからは演奏活動に集中して過ごしていくというかれの気構えが素晴しく、思わず拍手した。その日は我が家に泊まり翌朝、「来月広島に行くんだ」と語っていた。
                次に会った時、かれの奏でる曲はオリジナル曲に変わっていた。被爆地を廻る旅のなかで突然曲が降りてきて、以来毎日曲が生まれてくるのだという。
                カバー演奏ばかりだったことを内心淋しいと思っていたおれは、今後のかれの演奏がますます楽しみになっていた。

                あちこちに演奏に行き、コンサートも催し、充実した忙しい時を過ごしていたのだと思う。うちはうちで忙しく、しばらく会う機がおとづれない最近だった。
                かれの最期の日ははっきりしない。湖に身を捧げたのが何時だったのか。プロのドライバーで確かな技術を持ち、なにより優しさの込もった安全運転だったかれが何故そんなことになったのか、わからない。
                発見された日の前日、かれはうちをたづねて来ていた。
                神出鬼没のかれは留守中のうちの玄関にメッセージを残していくことがよくあり、この日も帰宅したおれたちが目にしたのは、希少品と思われる箱入りのウイスキーと、かれの名刺だった。
                その名刺ははじめてみるもので、以前よりも生命を謳歌している活気がひしひしと伝わってきた。

                その日 逢う運命でなかったことが悔しい。

                いつも独特の笑み見せていた、やさしさの奥にかかえているなにかとても大きなもの、それをしっかりと受け止めてたちむかっているようなポジティブなエネルギー、
                深みのある落ち着いた声、洒落ていながら派手でない帽子と装い、
                野生のいきものの波動、自然界の生死のことわりにとけこんでいくように、かれのまわりにはいろんな動物があらわれ、それをただ受け止める、

                すぺてもう見ることはできないわけか。






                葬儀と納骨が終わっての帰り路、おかマタギと二人もう一度事故現場に立った。
                雲が壮厳と流れる切れ間に真円の、月が、輝いていた。
                月光は湖面を照らし、それをはじきかえす水面(みなも)が
                たくさんの輝きをつくっていた。
                と、
                一条の光の柱が天に向けて伸びていた。
                湖と山々を見下ろすように、その光は大空を駈っていた。

                          *     

                弁天村村長の述べた弔辞で聞いた、かれが七夕の短冊に詠んだという詩を紹介する。

                  七夕の 平和の一夜 永遠に
                    


                youtube 宮崎駿映画メドレー/ デジタルホーン MITSUYOSHI
                youtube ダニーボーイ/デジタルホーン MITSUYOSHI
                youtube デジタルホーン/Mitsuyoshi 伝々ステーション in きしん

                品田さん逝去記事 読売新聞6月6日
                     同     東京新聞6月7日

                ※新聞のページは時間が経過すれば無くなることもあると思います。
                | 遠吠えと谺 | 10:08 | comments(12) | trackbacks(0) | - | - |
                ナイフの柄づくり
                0
                  鞘作りを中断して、柄作りを始める。というのも、イルイケ エアシカイ クルに見せてもらったマキリのように鞘からナイフが落ちないための凹凸(刀でいえばハバキ)を作るためには、凸の部分である柄が出来上がってから鞘を作る方が上手くいくと考えたからだ。

                  鞘と同じブナの木片を、まずは鋸(のこぎり)で切る。



                  鞘と違って中身をくり抜くわけではないので、すこしづつ削って形を作っていく。


                  木鑢(もくやすり)でガリガリと削れば速いのかもしれないが、乱暴な気がして使わないことにした。木は、刃物で丁寧に削ると一刀ごとに美しい面を見せる。磨くのではこの美しさはあらわれないのではないだろうか。ナイフだけで素晴しい木彫を作っていたアイヌのひとびとへの憧れからも、今回はできるだけナイフだけで仕上げることを目指している。(といってもすでにナイフの鞘の中は彫刻刀を使っているけれど)


                  形と模様は何度も描き直しした末に、写真のものに落ち着いた。図には描き込んでいないけれども模様の合間に「鱗彫り」をしていこうと思っている。マキリにある、カムイチェプ(鮭)を思い起こさせる鱗模様だ。初めてのこころみではあるけれど、テレビ画面で見た浦川さんの真似をして、これもナイフで掘り込んでいくつもりだ。
                  美しさのほかにすべり止めという実用的な意味もある。


                  ここしばらくいろんなことがあって慌しく時が過ぎてしまった。すべきことに追われるように日々が過ぎてしまっていてナイフ作りもずっと滞っていた。けれども時間がないからといってしたいことを後回しにしているのはもうやめて、工夫しながらどんどん実行していこうと思うこの頃である。その上ですべきこともこなしていくことが、楽しく元気になにごともすすめていけると気がついたのだ。

                  少しの時間が余った時に、少しでいいから鞘作りをする。急がずとも少しづつ続けていけば、かならず完成を見るのだ。


                  ※関連記事
                  マキリを手にする 模様を感じる  (2007.08.21)
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                  | ものづくり | 18:25 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                  高水山獅子舞見学
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                    思いがけず、高水山の獅子舞いを観る機会を得た。
                    東京都青梅市にある高水山常福院は浪切白不動と称す不動明王を本尊とする修験の地である。坂道を登って不動堂に近づくほどに、清々しくも嶮しいやまの気が濃くなっていき、修行にふさわしい場であることが実感できる。

                    以前の記事「鹿舞い(ししまい)」でも考察したように、腰を落とした低い体勢を多用して地面を「する」ように踏みしめる動きは、陰陽道の反閇(へんばい)と同じく大地への祈りの儀であり、同時にそれは山で生きていく体と術を練るものだ、とおれは考えている。山岳信仰と深い関係をもつ不動尊寺院で獅子舞いが行われるのは、ごく自然な、生きた伝統の血を感じさせた。


                    大きく伸び上がるかと思えば、膝を曲げ腰を落とし、地面を這うような動きもある。両手は基本的に腹にくくりつけた太鼓を叩いているので、いわゆる舞いの様な派手な動きはない。胴体を巧みに使っての、こまやかな動きが全身に伝わり 頭飾りに伝わり、鮮やかな舞踊を生み出している。
                    足腰をそうとうに使い込み、そして力みにたよらない脱力の体捌きが成す技だ。

                    ここの「しし」も雄獅子には角があり雌獅子には無い。中国伝来の獅子ではなく鹿(しし)だ(「鹿舞い(ししまい)参照)。その動き、笛の曲調、演目の名前等から、おれが住んでいる地域の獅子舞いと同系統であるに違いないと思う。ただ、かつての姿が次々と失伝していっているおれの地元とは違い、高水山の獅子舞いは数百年からの技が途絶えることなく伝えられているように感じた。

                    三頭の鹿(しし)だけで舞う※演目が終わり、いよいよ真剣を使う「太刀懸(たちがかり)」という最後の演目が始まる。
                      ※獅子舞いなどでは「舞う」「躍る」とは言わないことが ままある。高水山獅子舞いでは、「くるう」といい、おれの地元の獅子舞いは「する」という。東北の鬼剣舞も「ふむ」といっていた気がする。




                    ふた組の太刀使いと獅子がともに行き来しながらくるい、美事な動きで白刃を振るう太刀使いの真剣を獅子が欲しがる。その熱意に感じ入ってか太刀使いは獅子に剣を渡して使い方を見守り、さとす。やがて二頭の獅子は喜び勇んで お互いに太刀さばきを見せ合う、という内容になっている。




                    使用しているのは真剣で、演目中、獅子の頭に付いている黒い羽を切り落とす箇所がある。獅子役のくるい手はこの真剣を七分ほども口にくわえてくるうのだ。20分〜70分という長い演目時間といい、なまなかな体術ではできないことだと思う。

                    太刀使いの挙動は最初、獅子に対して決して友好的ではなかったような感じがする。切りつける場面があることもあり、どちらかといえば敵視していたのかもしれな。それが、まとわりつく獅子を相手に長時間くるっていくうちに、どこか心がなごみ、剣を教授していくことになったのではないだろうか。
                    この場面はおれに強い印象を与えた。土地に根ざして太古から暮していた土着の民の前に新たな生活があらわれ、紆余曲折を経て二つの文化が融け合ったように見えたのだ。縄文の地に弥生の民が来たとき、アイヌモシリ(大地)に和人が来たとき、インディアンの大陸に白人が来たとき、最初はともに智恵と技を出し合って協力していたように・・・。


                    よりよく体を使っていくこと、体の声を聞くこと、それはより良く生きていくうえで大切なことだ。
                    ある修験者が言ったという言葉を思い出す。
                    「修行というのはね、頭が体から教わることなんだよ」

                    体は地(つち)から生まれて地(つち)に還っていく。体をとおして大地から学ぶ技術が、いまも伝えられている。



                    ※今回高水山の獅子舞いを観に行ったのはまったくの偶然からでした。獲った鹿の肉を仲間うちで一緒に食べたとき、来ていたひとりに獅子舞いのくるい手がいたのです。獅子舞い話に花を咲かせていましたが、まさか翌日に当の獅子舞いを披露するお祭りがあるとは、出来すぎていて一瞬信じられない思いでした。
                    この縁を紡いでくれたひとと、生涯のおわりにその体を我が家に残していってくれた鹿に感謝を念じます。

                    高水山の獅子舞いは高水山古式獅子舞保存会によって伝承され、毎年四月の第二日曜日に青梅市高水山常福院にて披露されています。
                    参考ホームページ:高水山古式獅子舞

                    ※関連記事
                    鹿舞い(ししまい)   (2006.09.26)
                    猟期前   (2007.10.25 )


                    | | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    冬のいきもの
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                      もうすっかり春のような陽気なので、冬は終わったものだと思う。2月になってからも雪は降ったけど、暖かいので一日で溶けてしまう。雪かきしなくて済んで、今年は楽だったなぁ。

                      それでも、今朝は晴れると確信していたのに外を見れば雪化粧の一面だったのでびっくりしたりもする。天気図からいっても間違いなく晴れると思っていたのに、山のゆえか気候の境が微妙である。

                      また雪上の足跡を撮った。小さい肉球がならんだこの足は、貂(てん)か、あるいは白鼻芯(はくびしん)か、よくわからない。


                      雪でも動きまわっているいきものたち、そして動かずにじっとしているいきものたちもいる。たとえば薪にしようともってきた倒木のなかに潜んでいる蟻たち。枯れた木の中の隙間に群れでかたまって、じっと春を待つ。
                      薪割りのとき、かれらの邪魔をしないようできるだけ気をつけているのだけれど、切ってしまった断面に見つけたり、



                      割ってしまって露出させてしまったりもする。



                      見つけたら切るのも割るのも中止して、春が来て暖かくなり彼らの活動が始まるまで、雪のかからないところに置いておく。邪魔をして、すみませんでした。

                      山の景色を観ながら鋸で薪を切る。一手一手に工夫をしながら、身体の使い方をあれこれ試してより良い動きをさがす。夢中になると疲れにも気づかないほど面白いけれど、外から見れば地味な、動きの小さい作業だ。

                      もくもくと切っていると、一羽の小鳥が舞い降りてきた。





                      名前はわからない、冬だけ見かける渡り鳥だ。嘴の形からみて木の実を主に食べているのではないかと思う。
                      かなりの長いときを、うちの庭で過ごしていった。
                      | いきもの | 07:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |