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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

道ゆく鹿
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    家路は山のなか。日が暮れてから通る時には、さまざまな動物を見かける。今日は鹿を見た。
    鹿はよく見かけるのだが、たいていは子鹿かその年生まれた若いやつだ。そして、十一月中旬を境にして見かけなくなる。猟期が始まるからだ。猟期が始まるとけものたちは山深いところへと姿をかくし、集落にはあらわれなくなる。ニンゲンから逃げていくのだ。それでも、はじめて冬を越す若いやつは逃げる方向の要領もまだよくわからないらしく、かえって普段は見かけないほど人家寄りで出くわすこともある。

    冬以外の季節、とくに暖かくなってくる春先には、まだ車の危険さもわからない子鹿が道路を歩いていて、こちらがじっとしている限り好奇心いっぱいの目で車内を覗き込んでくることもある。無邪気そのものの表情をみているそんなとき、次の猟期が始まるころにはニンゲンの恐ろしさをしっかり覚えて生きのこれよと、こころに祈らずにはいられない。

    食うものと食われるものとの間には絆がある。だれがおのれと繫がるべきものなのか、確かめるすべを、野生の生きものは身につけているのだ。それは大地の約束――おきてだ。
    おれは狩りをしても、この掟を見いだしながらしてゆきたい。





    あと二ヶ月足らずで、猟期が始まる。



    | 狩り | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    カニ母
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      我が家のお勝手は沢に面している(余談だが、地元の言葉で「台所」は土間のこと。料理するところはお勝手と言う)。そのため湿気が多くて大変でもあるのだが、ちょくちょく蟹が入り込む。同じく沢に面しているお風呂場の湯船でも何度か見かけたことがある。もちろん捕えて貴重な蛋白源としている。
      昨夜も一匹入り込んでいて、いつものように冷凍庫へと運ぶべく捕まえて洗おうとすると、オレンジ色の卵を抱いていた。


      卵も旨そうだな、とも思ったが、子持ちなのだから逃がしてやろうと言うおかマタギの意見により同意を感じて、写真を撮って沢まで逃がすことにする。

      未来の子を食すためと言うわけではないが、無事にお産を終えて元気な子供が孵ってほしい。
      | 狩り | 09:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      百足の油
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        夜、部屋の中を這っている百足(むかで)をおかマタギが発見する。一も二もなく箸を執って捕まえて空瓶の中に確保。前から試したかった百足の油を製造する。

        かなり知られている民間薬で、百足をサラダ油の中に浸しておくと溶けて形が無くなり、とろりとした油が傷薬・火傷の薬としてよく効くとのこと。ここらの年配の人や、以前住んでいた他県のおばあちゃんにも聞いていて、是非とも作って実生活に役立てたいと思っていたのである。
        以下、写真がありますので苦手な人はお見逃しあれ。



        百足は山の神といわれることもあり、赤城山では神体としてあがめられている(過去形?)。大蛇となった日光の二荒山神と戦ったという伝説は有名で、このとき二荒山神を助太刀した磐次磐三郎兄弟は後に東北にわたりマタギの始祖となったという伝書があるそうだ。この話での百足神は磐次磐三郎兄弟に片目を射貫かれて敗れ去るが、その他にも鉱石採集集団の象徴(トーテム?)として旗印になったり、後退しないで常に前に向かっていく気の強い虫と信じられていたことから戦国時代の兜の前立てに高々と飾られたり、身近でちからづよい神様であったようです。

        とまれ、山中にしてはあまり百足を見かけない我が家、今宵おとづれた一匹の百足のいのちを家族のための大事な薬として、いただきます。
        | 狩り | 00:45 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
        柴刈り
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          鉈と鋸を腰に、山へ柴刈りに行く。柴とはたきぎ、薪のこと。
          いままでチェーンソーを使っていたが、熟練すれば鋸でもそんなに大変ではないのではないか、と最近は剪定用の鋸を使っている。エンジンの五月蝿い轟音を山に響かせるのは嫌だし、手に伝わる機械の震動も身体によくない。そして何より石油燃料を使いたくない。

          枯れて倒れている十メーターほどの木を狙う。もう、倒れて三、四年は経っていよう。


          じつは鋸を使うことには苦手意識があった。すぐ疲れてしまうし、なかなか切り終わらないので短気なおれは飽きてしまうのだ。しかし、体の使い方を訓練するという意識で挑むと、腕だけという偏った疲れはないし飽きることがない。なるべく腕の力を使わず、丹田(臍下一寸。身体の中心となる、気のみなもと)を軸として胴体・四肢の全身をうねるように動かして鋸にちからを伝える。腕は曲げ伸ばしせず同じ形のままで維持し、いわゆる腕力は使わないようにする。体の腹側の力ではなく背中側の力をより使う。
          予想通りいままでの切り方より楽しい。全身の運動量はかなりあるが、運動が偏らないので部分的な疲れがなく、全身をほぐすような心地よい疲れかただ。仕事したーという満足感がある。

          このくらいの太さを切るのに五分かからないだろうか。よく乾いているのでぐいぐいと切りすすむ。三分の一は土に埋もれていたが、腐ってもいず硬いいい薪である。


          冬が終わり暖かくなる時期、たくさんの木が倒れる。雪の重みや冬の寒さで寿命を終えた木々が、春の嵐や強風に吹かれて倒れ、何年もの時をかけて静かに土に還っていくのである。その途中に、ちょっとうちまで寄り道してもらい、暖をとるあたたかさをいただいているのかな。

          この山間に住み始めて、生きている木を切ったことはない。

          ※関連記事
          収穫   (2007.05.22)
          背負子の難   (2007.01.17)
          柴刈り ふたたび   (2006.12.24)
          | 狩り | 21:52 | comments(7) | trackbacks(0) | - | - |
          鹿解体
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            前記事の続き。
            まずハラを皆出す。尻から腹を通って喉まで皮を裂き、折り返して喉から下へ肉と肋骨を割っていく。内臓を取り出しながら肝臓や心臓など、食べる部分は取り分けていく。いまはあまり食べないが、むかしは腸や胃袋もきれいに洗って食べたそうだ。

            ハラを取ったら縄で吊るす。足を縛って吊るすか頭を吊るすか、その時で違う。体の大きさ、怪我の場所など、肉を傷つけず一番皮を剥ぎやすい方法を考える。吊るしたら上から皮を剥ぎ降ろしていく。今回の鹿は、若いがそこそこ体が大きいので木の上から高く吊るすことにする。

            なるべくナイフは使わずに剥いだほうが皮も肉も傷つけずにすむ。力任せに握った皮の端をググーッと下に引き降ろすことで、上手に皮を剥ぐのがよい。といってもなかなかそうは上手くいかず、ナイフで皮と肉の間の白い膜を切りながら引っぱっていく。

            今でこそ、時間をかけずに荒っぽく剥いでいくが、数十年前まではこの皮が現金収入として大事な生活の糧になっていた。皮を売ることのなくなってしまった現在では、猪の皮は犬の餌、鹿の皮は生ゴミとなってしまう。
            無論、貨幣というもので価値を決めることのない時代では現代以上に山からもらった命はたいせつな恵み。無駄にする部分などなく皮も骨も内臓も生活のちからとなったのだろう。

            食べる肉以外は捨てるという熊つぁんから、皮と骨そして角の小さい頭をもらい受ける。
            そのまま夕食をご馳走になる。獲りたての心臓と肝臓の刺身を皿いっぱい食べる。わさび醤油が最高。見た目はしまっていて赤みばかりの肉だが、食べてみるとやわらかく、口の周りに脂がつく。後日いただいた肉を直火で焼いたり炒めたりしてみたが、何も調味料を加えずとも(塩すら!)いくらでも食べられる美味しい野生の肉だ。

            ※関連記事
            続、鹿解体・前編   (2008.11.08)
            続、鹿解体・後編   (2008.11.12)
            | 狩り | 14:52 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
            罠を仕掛けに
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              少し以前のことを書く。
              かねてより、鹿が獲れたら解体作業を手伝わせてほしいと頼んでおいた知り合いから誘いがかかった。鉄砲暦ウン十年、罠も独自で工夫する地元の名人、やさしくて、幅のある体の熊のような雰囲気の小父さん、熊つぁんと呼ぶことにする。
              解体のまえに、鹿がかかった場所に新しい罠を仕掛けに行くというので同行させてもらった。罠の仕組みは熊つぁんが時間をかけて考え出したものなので、詳細は秘密。鹿の行動を読み、確実に罠に足を踏み入れるよう工夫されている。鹿の通り道や周りの地形など十分に考慮して、仕掛けた後はリュックからとりだしたホウの木の葉っぱと土を使い、罠がまったく見えないようにする。
              | 狩り | 14:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |