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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

囲炉裏の暖
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    囲炉裏を使い始めるにあたって、様々な期待と目論見の他に、不安もあった。
    まっ先に気がかりだったのは煙のこと。いままで使っていた煉瓦製自作暖炉には煙突がもちろんついているが、焚口(薪の投入口)のふた作りに失敗して結局煉瓦を積み重ねただけでふたにしていたから、上手く燃えない時は煙が逆流してきて結構煙かった。囲炉裏は煙突なしの室内の焚き火だから、煙さもさることながら、煤や灰による影響であちこち黄ばんだり汚れたりするのではないか。昔は煤ばらいと言って年に一度家具を大移動させて大掃除をしていたと聞くが、さてその汚れ具合はどの程度だろう。
    今のところ煤による汚れは気になるほどではない。もともと囲炉裏とともに時を過ごしてきた家の梁や柱はすでに真っ黒で、新参の煤による色付きはむしろ違和感を感じさせない。灰の汚れも、朝、机の上を拭けばその他に目立って困ることはない。
    煙さは、燃えが悪いときはそれなりに煙が出て天井近くに白霞がかかることもあるけれど、立っている時意外はさほど気にならない程度だ。
    煙り出し穴を大きくすることや囲炉裏の真上に変形的な布製もしくは紙製の煙突を作ることも考案中であるが、なにより燃し方がもっと上達するだろうから、まだ様子を見ている段階である。なにしろ、火を燃すのが毎日のことである。すでにおかマタギ考案の「井桁燃し」など、効率良い火の焚き方をいくつか考えついていて、いづれ詳しく記事にして、囲炉裏や焚き火の経験者からコメントいただいて交流できたらと思う。

    煙以上に心配でかつ深刻のなのが、暖房能力のことだった。
    囲炉裏はそんなに暖かいのか?
    実際に囲炉裏を体験したことの無いおれにとって、素朴だが重大な疑問であった。もし充分な暖をとることができなければ、暖炉と併用するか、囲炉裏をあきらめることも覚悟していた。

    これは完全に杞憂だった。
    囲炉裏は充分暖かい。
    たとえば、昼間のあいだ外出した日に、とっぷり暮れた寒い中を帰宅して初めて火をおこしたことがあったが、4℃だった室内温度が14℃以上に昇るまで着火後15分ほどだったろうか。囲炉裏は火をつけるのと同時に体があたたまるのがいい。以前の、保温を効かせようとかなりの厚作りにしていた煉瓦の暖炉は、温まるまでに時間がかかってなかなかたいへんだったのだ。
    室温が15℃を超えることはあまりないが、光、遠赤外線による体感温度はさらに高いだろう。やわらかく染み入るような熱が、ぬくくて心地いい。室内空気より先に体が暖まり、、なにより足がしっかりと暖まることは、体の芯を熱してくれる。
    そして暖炉に比べて、燃料が少くて済む。ただ少いだけでなく、燃料にできる燃し木が多様だ。枯れ落ちた枝の細いものも、焚き付けとしてだけでなく立派な煮炊きの役となる。太い薪も、斧で割ってちょうどいい大きさにすれば煙ることなく燃せる。
    暖まるにも煮炊きするにも、直火は無駄がない。

    囲炉裏を使い始めたことを近所のひとなどに言う機会があると、囲炉裏経験者のひとは口をそろえて「囲炉裏はあたたかいでしょう」と言う。煙を気にしていたおれは「煙いでしょう」という返答がありはしないかと内心ヒヤヒヤものだったのだが、これは歓迎すべき予想はずれであった。

    夜、調理も終えてしづかに燃えている囲炉裏の火は、やがて積みあがったオキを残して完全に消えるが、この山をを火ばさみで掻いでひろげると酸素を得たオキの熱が赤く発光する。やわらかい暖を、ここでまたもらえる。この熱で手や足を暖めてから、床に入って一日を終える。


    ※関連記事
    物々交換           (2006.11.29)
    囲炉裏 工夫         (2006.11.28)
    囲炉裏開始          (2006.11.27)
    | | 22:55 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    馬庭念流拝見
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      一月の鏡開きの時季に、上州馬庭の樋口家で毎年公開演武が行われている。
      道場には何度か足を運んだことがあるが、今年初めて演武を参観することができた。

      午前中に家を発ち、行きがけに合気道を修めている友人と落ち合い同道する。このひと、知り合ったのは数年前なのだが、おれが通っていた高校にパンを配達していたことがあったり、母方の親戚が代々営んでいる工場で冬季就職していたことがあったり、過去の経歴に奇妙に交差点がある。現在もなんの仕事をしているのか住所がどこなのかよくわからない神出鬼没な彼を、佐久の出身だということなので佐久の小天狗と呼んであげよう。

      昼過ぎに馬庭の樋口道場に着く。近くの公民館に車を止めるよう誘導していて、昔ながらの街並みになかなかの人出である。
      六百年の歴史がある念流は、一五九一年樋口又七郎定次(敬称略)が印可皆伝を受けることで馬庭の地に伝わった(鏡開きにていただいた説明書より)。古伝の型を伝承し続けながらも、袋竹刀を考案して実際に打ち合うという練習法を江戸時代からすでに行っている、有名な剣術流派である。籠手と頭部の防具をつけて、気合の掛け声とともにつばぜり合う風景は、現代剣道ともまた違い、古くからこの地に根付いてきた風土のちからのようなものを感じる。前足重心の珍しい足捌きと聞いていたが、なるほど、その進み足は他に見たことがない独特のものに思えた。




      戦国時代でもないのに武術という戦闘技術が今も継承されている理由は、つきつめれば「体」という誰もが一つだけもっているこの恵みを、より上手に使おうとすることでさまざまなことを学んでゆけるからだと考える。高効率で、無理をさせず、そして素早く動ける身体を得るために、生命を賭けた武の技術は真剣さの面で類がないのかも知れない。
      ―――ただ、

      それは戦う術、人と人が勝ちを争い「敵」を斃す目的を根底としている。この事実は長年おれのこころに問い掛けを続け、思索をめぐらす元となっていた。
      戦闘とは日常の生活ではなく、無い方が良い出来事だと思う。そんな非日常の技術から、自分の体というこんなにも大切なことを学び得る人間とは一体なんなのであろうか?
      人間以外の動物も、その体の使い方は幼い頃からだんだんに少しずつ身につけていく。生まれたばかりの子猫は人の赤ん坊と同じにぶきっちょでつたない動きをしているけれど、母猫のしなやかで逞しい動きを手本と模して身体の使い方――体術を会得する。それは生きるうえでの日常の術だ。

      有史以来、戦闘は人間にとって日常となってしまったのかも知れないが、かつては人間も日常の生活の中で自分の体の使い方をみがいていたはずだ。それは狩をする術であり、険しい岩場を安全に行く術、熟れた果実を的確に見つけ出す視力、手の平をいたわりながら縄をなう技術、疲れ少く荷物を運ぶ歩き方、子供の変調を見抜く観察力、気落ちした仲間を元気づけるよう接する心遣い・・・・・・
      武術は医術と表裏の存在であり、それは身体機能だけでなく心理面の把握も含んでいる。
      武術を中途半端でなく修めることで争いを止めたり回避することが出来るというのは、単なる精神論ではなくて、体をもって心をあらわす力愛不二の体現だと思う。
      つよさの無いやさしさは真のやさしさではなく、やさしさの無いつよさは真のつよさではないというのが、武をつづけているおれの現在の見解である。

      武を離れてもなおその効果を失わないすべは、踊りにあるのかもしれない。南米黒人の戦う手段となっていたカポエラは現在、観るものを驚嘆させる楽しさをもつダンスとして定着している。沖縄のある古流武術は舞いをもってその奥義としている。太極拳に代表される中国拳法の数々も、それと知らぬ人が見れば優美な舞踊と映ることがめずらしくない。この弓の島の民間舞踊、鬼剣舞や獅子舞の動きは古流武術の鍛錬法に通じるものを多々含んでいるように見える。

      居合道の先生が、
      「やっぱり居合は美しくなくっちゃな!」
      と言ったその言葉は、追求し続けることにより最後には機能美としての美しさが自然にまとわり出づることを、一言であらわしたものだといま思う。それは厳しい自然界を真剣に、そして充実のなかで生きる野性のいのちとおなじ輝きであろう。






      念流拝見後、佐久の小天狗氏を夕餉に招く。囲炉裏を囲んで武術談義や、小天狗氏が滞在していたことのあるナバホの居留地のことやら話題は尽きず、夜はふけていく。
      | | 09:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      背負子の難
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        肝を冷やした。
        急坂を転がり落ちるかと思った。

        柴を狩るときは、運ぶだけの量を一箇所に集めて背負子に縛り付けるのだが、いつも少しづつ場所を移してあちこちで柴拾いをしている。柴を使い始めて一冬目、山のどこにどんな柴があるかを把握しきっていないから、天気などその日の状況にもよるけれどいろんな場所に足を運んで山を見てまわりながら柴狩りしている。

        今回はかなり急な斜面を狙った。ここは薪にする枯れ木を運び出したこともあるお馴染み場所で、お正月飾りの檜を獲った帰りによりみちして、よい柴が沢山あることを確認しておいたのだ。丸太に切った枯れ木を肩に担いで運んだ、急傾斜ではあるけれども歩き慣れているところである。背負子に積んだ柴は、薪の丸太に比べて重いというわけでもなく、いつものように歩けることを前提にして疑いもしなかった。

        しかし、背負った重さが邪魔をして、歩けない。バランスが取れないのである。それほどの重量級というわけではない背の重さに体がとられ、足が安定しない。いままで無縁だった、落ちる危険を感じた。

        いつもは、丸太を担ぐときは肩にのっけるだけで、添えた腕は歩く調子に合わせてゆれる丸太の手綱をとっていればいい。丸太の重心部分がちゃんと肩にのっているようよう気をつけていれば、腕の力はろくに必要としない。丸太はゆらゆらと定まらなくとも、身体さえバランスを保っていれば歩くのに支障がない。
        だが今は、背負い紐でゆわって一体となった背負子のゆれが体を引っぱり、つねにゆさぶられている状態となった。足場の悪い斜面に歩を進めるのが至難の業だ。丸太と違って、いよいよゆれを制御できない時には荷を投げ出して我が身を守ることが封じられているなか、木々の枝が伸びてきて背中の荷物を引き寄せ引き止め、さらにバランス維持を難しくする。

        背負うというのは、歩く場をあるていど整備されていてこそ可能なのかもしれない。道なき山のけもの道を行くときは、出来るだけ身を自由に動かせる、全身体の感覚でバランスや歩行条件をさぐれる状態で歩きたい。その意味で、背に荷物を固定するより肩に担いだ方がよっぽど楽だ。


        このままでは命にかかわると判断して背負ったまま進むことを断念し、柴を縛ったままの背負子を引きずりながらなんとか山から下ろすことができた。引きずる、といっても急な斜面の森の中、上手く引きずることができずに転がってしまったって止められない。かわいそうに背負子の寿命を縮めたことは疑いない。

        つぎにこの斜面へ柴狩りするときは、背負子を使わずに縄でくくっただけの柴を担ぐことにしよう。


        ※関連記事
        収穫   (2007.05.22)
        柴刈り ふたたび   (2006.12.24)
        柴刈り   (2006.04.29)
        | | 09:21 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
        餅つき
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          毘沙さんが住む山のつづきには哲学者の麝香鼠さんが住んでおり、毎年末に大勢の人がやって来て大量の餅をつくという。面白そうなので今年は参加させていただいた。
          いつも参加している毘沙さん吉祥さん、今年は新居の直しをしてから遅れて参加するとのことで、梵天丸くんだけ先に合流して麝香鼠さんちを訪れた。
          庭のまんなかに二つの大きな臼を据え、米を準備するひと釜に火をくべるひとその薪を割るひと出来上がった餅をまるめるひと、大勢のひとがリズミカルに動いている。湯気と煙が「会場」をいろどる中、餅つく音がこだまして祭りのようだ。

          はじめて会うひとがほとんどなのだが、そんなことは気にならない和気あいあいの雰囲気に、楽しく杵をふるい、薪を割り、お餅を食べた。


          この山国の臼は米の餅を搗くばかりでなく、さまざまな食づくりに活躍する。近所の山小師は畑でとれた大豆を臼・杵で潰し、寒風に晒す味噌玉を作っていた。古い家にはたいてい臼や杵が有るようで、元地主だった家には和紙を作る大釜があったりもする。年に一度は部落の皆が集まって、来年使う障子や襖の紙を軒数分まかなっていたそうだ。

          地主制度ができるよりはるかに昔、やまが誰のものでもない縄文の頃から、ムラのひとびとが集まって共に食料を作り、祭りをし、語らい、絆をつよくする行事がひととせに幾度もあったのだろう。そしてそれは、ムラビトだけの範疇にとどまらず、糧となるいのちや、やまそのものとの絆でもあったのだろう。


          帰りにはついた餅を面々が持ち帰る。鏡餅と、大きなのし餅。蜜柑ももらった。
          | | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          囲炉裏 工夫
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            とにかく煙が多いのを何とかしないといけない。
            薪はやめて、枯れ落ちた枝を拾い集めてくることと、煙り出しの穴を約四倍の広さにする。
            これは効果てきめんだった。みるみる煙が上り出ていく。快適!

            煙たさが気にならないと火をあつかうのも一段と楽しくなり、またいろいろと新しい思いつきなどを試してみる。
            灰が柔らかくて五徳が沈んでしまうため石を三つ置く。ついでに、端に幾つも並べてみよう。熱を保存して暖かさが続くはずだ。
            柴や、鍋を置いている近辺は汚れやすいので、畳が傷まないように板を敷く。また襖に穴を開けたりしないようにこれも板を立てかける。
            壊れた炬燵やぐらの底の一面を直して、これは後で囲炉裏棚として吊るそう。。

            鍋蓋も取っ手をつけて、いづれは彫刻をして仕上げるつもり。

            昨冬まで使っていた煉瓦製の暖炉と違い火を点けたらすぐ暖まるのがいい。煮炊きにも直火は向いていて、特にご飯は米の一粒一粒が弾力を持って炊き上がるので非常に美味しい。暖炉よりも火の調整がしやすいので焦げ付きもない。
            火が消えてからの冷め具合はさすがに早いが、これは今後の課題として考えておこう。何か熱溜まりとなるものを設けるか・・・。隙間風が多いこの家ではある程度しょうがないのだけども。


            数値で判断するのは大の苦手なのだが、あたたかいなーと思って温度計を見たら15度だった。
            | | 09:44 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
            囲炉裏開始
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              念願の囲炉裏に火を入れた。
              板の間だったこの部屋に畳を敷くことから始め、またもともと囲炉裏に入っていた古い灰は何を燃したか定かでなくなってもいるので、一度掻き出して自作暖炉で出来た木灰を入れるなどなど、使えるようにするまでがなかなか手間取っていたのだ。直火にあたりたくて、部屋を片付けきらないまま待ちきれず火を入れたが、まだこれからすることは沢山ある。しかし楽しい作業だ。

              が、けっこう煙い・・・! 天井―――二階の床にあけた煙出しの穴では小さすぎるのかな? 上昇気流でどんどん煙が出て行くことは出て行くが、煙の量が多いのか。燃し木が太すぎることも問題のようである。

              鍋のふたも、板を切ったままの即席作りかけ。


              開始したばかりだからまだまだ難点はある。これからのやり方次第でもっと快適に効率よく出来るはず。そんな工夫も楽しみである。

              この囲炉裏に火がはいったのは、数十年ぶりかな?
              | | 14:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              山を歩く
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                春夏のあいだにたっぷり薪を集めておこうといつも思うのだが、なにがなし他にするべきことに追われているうちに秋が来てしまう。風が冷たくなりはじめたころ、尻に帆かけて薪集めに奔走する。
                薪を拾うときは道など関係なしに見つけた倒木にむかってとにかくたどり着かなければいけない。斜面が多いこのあたり、鹿の通り道を使えば楽ではあるが、なるべく遠回りしないで行こうとするから急傾斜でも上っていく。これが、身体が慣れないとなかなかシンドイ。秋になるまでこういう上り歩きをほとんどしていないから、最初の一日二日は全身が重くなるように疲れる。しかしそれ以後は身体が軽くなり、毎日山上りしていたかのごとく楽々の歩きとなる。眼で足場を確認するのも無意識の一瞬だ。
                身体が、山の歩き方を思い出すのだ。

                覚える、というのは全身の細胞ひとつひとつがしているものなのだと思う。脳はそれらを編成・再生する役割を担っているが、記憶のすべてをいっしんに背負っているわけではない。また意識は、直接作業をするときのデスク、もしくはモニターのようなものなのだろう。作業に必要なデータや資料は全身という書庫の中に、各種のファイルに閉じて収められている。頻繁に使う資料、つまりよく意識する事柄は、丁寧に整理されてデスクから遠からぬところに使いやすく収められている。しかしあまり作業しないデータはほどほどの整理状況だから、思い出そうとしてもすぐ出なかったりちぐはぐだったりする。

                一方、もともと意識にのぼってこないファイル・記憶というものもあり、それは(脳以外の)身体で自主的に再生し活用されるのだろう。だから無意識状態といえど、身体は出来事の一つ一つを感じ、覚えている。この無意識の記憶が、非常に大切なようだ。それはもちろん各身体部位の運動に関わる記憶・再生において重要なだけでなく、これらの意識されない記憶が、意識している時の思考やひらめきの大きな根っこを担っていると考えられるからだ。

                身体を使う作業や運動を身体に覚えさせるために訓練することは、そのまま頭のなか、精神につながることなのだろう。だからどんな動きを覚えていくか、どんな運動が好きか、ということも、思考の傾向や癖となっていく。

                知識や情報がふんだんに飛び交う今の時勢では、頭の働きがものごとを決めていくように感じるが、それは錯覚で、実際ひとは(脳以外の)身体と頭の両方を宿り場所として存在していることを忘れてはいけない。

                こころがくしゃくしゃした時は、たくさんのいきものたちが息づく場所へ行ってほど好く身体を動かすと、頭が軽くなってこころが楽になる。それは大地から生まれたすべてのからだに共通だと思う。
                | | 18:16 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                鹿舞い(ししまい)
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                  獅子舞の練習が始まった。
                  部落の神社のお祭りのとき、社の前で奉納するのだ。
                  この村に住みはじめの一年目から、見よう見まねの笛でおれも参加している。いままで習う機会がなかったもののいつか笛を吹けるようになりたいとずっと思っていたから、来たりもんのおれの参加をこころよく受け入れてもらえた時は嬉しかった。
                  当初からいろいろ面倒を見てくれている山小師(ヤマオジ)は部落一の吹き手で、夜教えてやるから家に来い、と毎晩の晩酌をおあずけにして待っていてくれたものだ。酒が入ると息が続かなくて上手く吹けないという。

                  そして、今年は獅子も習う。笛の曲目も覚えきっていないのに僭越だという思いがすごくするのだが、部落のすり手がだいぶん年配のため、今習っておかないと覚える機会を永遠に失してしまうかも知れないのだ。
                  すり手―――地元ことばで獅子舞は「舞う」でも「踊る」でもなく「する」という。腰を低く落とし、地面を這いずるこころもちで演じることを強調しているのだろう。


                  ところで、一口に獅子舞いといっても「獅子」ではない「しし舞い」もあると、おれは考えている。独り考えなので正しさは保証しないけれど、以下に述べてみて諸説の交流を求めたい。

                  「獅子」はいわずもがな中国から来た語でライオンのことだが、更なる語源はペルシア語だともいうらしい。中国文化の多くは西方起源のものがあるからそれもうなづけるが、獅子にまつわる伝承も西方から来たと考えて間違いないと思う。その伝承とは、獅子は死者を護る、というものだ。エジプトのスフィンクスはあまりにも有名だが、獅子(もしくは獅子体)の墓守は近東や中央アジアにも数多く出土している。それは中国文化にも、葬儀の時には獅子舞いをするというかたちで伝わっているのだ。

                  では本題の日本の獅子舞いについて。
                  日本にも中国伝来の獅子舞いはあるが、うちの地域で行われているしし舞いは獅子ではなく鹿なのである。百年以上前から使われているという「しし頭」も、雄じしは角を持ち、雌じしにはない。このことからも「獅子」ではなく、岩手の鹿踊り(ししおどり)のように「鹿」であることがわかる。
                  「しし」というやまとことばは、「ししむら」、つまり「肉」を指す。ゐーっ(ウィー)と鳴くのはゐのしし→猪、かーっと鳴くのはかのしし→鹿という具合。いにしへから鹿や猪の肉を重要な糧としていた弓の島のひとびとは、彼らのことを「肉」→「たいせつな食べ物」と呼んだ。そのほかにも名前をつけていたと思うのだが、日常の生活で使われている呼称はこれだった。
                  狩猟採集を主な糧とするひとびとは、自分たちのいのちと成る生きものをおのが手にかけて「いただく」が、そのとき必ずお返しの贈り物をする。木を切り倒したときにはその切り株の元に苗を植えるとか、山の恵みを貰った時に削り花(アイヌの言葉でイナウ)を捧げたりするならわしはごく最近まで普遍的なもので、あまり知られなくなってはいても現在も絶えることなくおこなわれている。
                  そして日常の主な糧となっているものに対しては、年に一度というように周期的に「まつり」をおこなった。しし舞いは鹿たちに捧げた、感謝と繁栄を祈る奉納の舞いなのだ。

                  この地域でのしし舞いは三頭の鹿(しし)と、囃し手一人の、四人で陣を組んで「する」。山岳信仰を根本とする陰陽道の反閇(へんぱい)を取り入れた鬼剣舞のように、大地を踏みしめ魂を鎮め、邪気を祓いながらすべての繋がるものたちのために祈るそれは、中国の獅子舞いよりもインディアンやアフリカの踊りをおもわせる、捧げの踊りだ。
                  縄文時代からつづいている魂送り(たまおくり)の儀式。ひとびとはいのちを与えてくれる山やまへの感謝をあらわし、またこのやまで生きていくために必要な体――術を練った。

                  ・・・・・・そんなことを思いつつ参加しているのだが、村の人はむろんこんな理屈は気にもしていない。ただ幼少時から慣れ親しんできた笛の音を思い出し、昔の年寄りが「もっと腰を低く落とせ!」と厳しかったことや、何々集落のなにがしは炭焼きの合間にひとりでししをすって練習していた、さすがに上手かった、などと、語り合っては酒を飲む。
                     


                  お祭り当日
                     



                  ※関連記事
                  高水山獅子舞見学  (2009.04.19)
                  猟期前   (2007.10.25 )

                  | | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  怪我をする
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                    失敗談も書いてみよう。
                    薪を運ぶ時、傾斜の急なところは、担がずにすべり落としていく。身体を傾けなくても地面に手が届くくらい急な斜面、勢いついて滑り落ちるその状況は、地元の言葉で「まくる」という。
                    枯葉になかば埋もれた薪、眼の高さにあるそれを担ぎやすい状態にすべく動かしていたら、うっかり左手の上に落としてしまった。平らな場所での作業ではないのでなにかと勝手がちがい、こんなことも起こる。
                    丸太を鋸(のこぎり)で切った切断面の角が親指に当たって、切手大くらい皮が剥けた。骨に異常はないだろうと痛み具合からわかるが、作業は中止するしかない。

                    利き手が右だから左手にはしぜん怪我が多くなる。金槌で叩かれたり彫刻刀や鉈や鎌で切られたり散々な目に遭っているのに、うっかり落とされるのまで左手の役割になってしまって気の毒な気もするが、しょうがないね。
                    山の暮らしは身体仕事が多いから怪我や病気をすることでマイナスの影響も大きいが、まぁ悔やんでもしょうがない、あせらず出来ることをやっていこう。

                    怪我をすることは身体の使い方を学ぶいい機会だ、と武道の先生は言った。そのとおりで、使えない左手が普段どんな仕事をしてくれていたのかをじっくりと感じ、身に染みる。
                    右手はちからづよく、主導的な仕事をするときに器用に動き、能動的だ。いっぽう左手は受動的な役割に非常に安定していて、静のちからづよさがある。太極拳の型は左右対称でないものが多々あるが、それは人体の長所・役割が左右対称でないからだという。ひとつの身体のなかにも陰陽がある。

                    ・・・などと考えるのは楽しいが、怪我はやっぱりしないように気をつけよう。
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                    山駆け
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                      山の坂を駆け下りる。身体が落ちていく勢いで移動するので、ほとんど力はつかわない。枯葉や土をまきちらすのもかまわず風を切って下りる。足の着地点をすばやく見きわめる。三歩先きを予測しながら、勢いをころさずに次の着地点へ跳ぶ。
                      とても鹿たちのように斜面を駆け上ることはできないけれど、そこそこ山を歩きなれた脚と眼で、下りならば走れるようになった。狼のように山を走りたくて、十代後半から山を歩きながらいろいろと試みてきた。はだしで歩くのは役に立った。傾斜や土のかたさ、どんなところに着地すれば流れるように無理の無い歩きができるのか、足の操法と同時に地面の状態を見抜く眼が鍛えられた。

                      峨山という禅僧の話。石川県羽咋市の住職をしながら同県門前町の総持寺のお勤めも果たすため、毎日両寺院間、約52kの野山を走って往復していたという。こういう逸話は誇張によるものと考えるのが常識だが、近代医学的な筋力に頼るのではなく、身体のもつちからを正しく発する方法を知っていくと、あながち嘘ではないと思えてくる。

                      ひとの身体はまだまだ可能性を秘めている。
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