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山あいで狩猟採集生活を目指す野楽生(のらぶ)のあしあと

野楽生れば

反閇
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    このブログで何度か反閇(へんばい)という言葉を使っている。
    反閇とは、独特の足捌きで地を踏みしめ、邪気を祓い地霊を鎮めるための動きだ。地味な歩法のものから、しし舞い(獅子舞い、鹿舞い)や鬼剣舞のような踊りに発展したものまでさまざまだが、魂を鎮める、という意味では、みな源流をたもっている。

    魂―――食べ物となった鹿や、死者、祖先の霊。
    自分がいまここに生きているためにちからを与えてくれたものへの、それは祈りだった。
    足を動かし土を踏みしめて、自分の体を大地に結ぶ。
    地球上どこにあってもひとびとはこうして大地と自分とのつながりを確認して来たのだと思う。
    ひとは、二本の足で立っている。この二本の足がいつも地につき、大地からちからをもらっている。

    * * * * * *

    タシナさんが語りはじめるとき、輪に座ったひとびとの中心で、東南西北よっつの方角に祈っていた。手のなかにもっていたものを置く。いままでたくさん大地を踏んできた鹿のひづめです、と言った。

    “ごらん、彼の角ぶり。まるで雷の如(よう)な角ぶり。ごらん、彼の高く上げた頭(くび)。まるでこの森(やま)の樹の如(よう)だ。オレたちが近ひと解っているのに、彼が動かなひ。彼の蹄(ひづめ)が深く大地に入っている。まるで彼の蹄(あし)から大地の乳を吸っている如(よう)。”
           (タシナ・ワンブリさん「約束」から)

    鹿も狼も大地を駆けてきた。
    アイヌもインディアンも足を踏み鳴らして踊る。
    弓の島のこの民族は、足を地に摺(す)るようにして歩を進め、舞いを伝えてきた。膝を曲げ腰を落とし、体の重さを大地にあずけ、体の使い方をより高度なものへと昇華していく。無駄な力を抜き、息を通し、しなやかで粘りづよく・・・

    病い(止まい)がたまると、体は咳をし、震え、熱を出し、
    動きながらくるいをなおす。
    病気は、硬くなった部分をほぐして柔軟さをとりもどす自発運動だ。
    生きているものは、自分で調べを整える。

    それは地球も同じだ。
    強い嵐、地の震え、熱の調整、からだを動かして病いをほぐし、なおしていく。
    よりよい生にむかって。


    からだを動かしながら大地を感じ、大地と同じ調べを奏で、より健やかにゆきたいと思う。



    ※関連記事

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    | | 22:34 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    高水山獅子舞見学
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      思いがけず、高水山の獅子舞いを観る機会を得た。
      東京都青梅市にある高水山常福院は浪切白不動と称す不動明王を本尊とする修験の地である。坂道を登って不動堂に近づくほどに、清々しくも嶮しいやまの気が濃くなっていき、修行にふさわしい場であることが実感できる。

      以前の記事「鹿舞い(ししまい)」でも考察したように、腰を落とした低い体勢を多用して地面を「する」ように踏みしめる動きは、陰陽道の反閇(へんばい)と同じく大地への祈りの儀であり、同時にそれは山で生きていく体と術を練るものだ、とおれは考えている。山岳信仰と深い関係をもつ不動尊寺院で獅子舞いが行われるのは、ごく自然な、生きた伝統の血を感じさせた。


      大きく伸び上がるかと思えば、膝を曲げ腰を落とし、地面を這うような動きもある。両手は基本的に腹にくくりつけた太鼓を叩いているので、いわゆる舞いの様な派手な動きはない。胴体を巧みに使っての、こまやかな動きが全身に伝わり 頭飾りに伝わり、鮮やかな舞踊を生み出している。
      足腰をそうとうに使い込み、そして力みにたよらない脱力の体捌きが成す技だ。

      ここの「しし」も雄獅子には角があり雌獅子には無い。中国伝来の獅子ではなく鹿(しし)だ(「鹿舞い(ししまい)参照)。その動き、笛の曲調、演目の名前等から、おれが住んでいる地域の獅子舞いと同系統であるに違いないと思う。ただ、かつての姿が次々と失伝していっているおれの地元とは違い、高水山の獅子舞いは数百年からの技が途絶えることなく伝えられているように感じた。

      三頭の鹿(しし)だけで舞う※演目が終わり、いよいよ真剣を使う「太刀懸(たちがかり)」という最後の演目が始まる。
        ※獅子舞いなどでは「舞う」「躍る」とは言わないことが ままある。高水山獅子舞いでは、「くるう」といい、おれの地元の獅子舞いは「する」という。東北の鬼剣舞も「ふむ」といっていた気がする。




      ふた組の太刀使いと獅子がともに行き来しながらくるい、美事な動きで白刃を振るう太刀使いの真剣を獅子が欲しがる。その熱意に感じ入ってか太刀使いは獅子に剣を渡して使い方を見守り、さとす。やがて二頭の獅子は喜び勇んで お互いに太刀さばきを見せ合う、という内容になっている。




      使用しているのは真剣で、演目中、獅子の頭に付いている黒い羽を切り落とす箇所がある。獅子役のくるい手はこの真剣を七分ほども口にくわえてくるうのだ。20分〜70分という長い演目時間といい、なまなかな体術ではできないことだと思う。

      太刀使いの挙動は最初、獅子に対して決して友好的ではなかったような感じがする。切りつける場面があることもあり、どちらかといえば敵視していたのかもしれな。それが、まとわりつく獅子を相手に長時間くるっていくうちに、どこか心がなごみ、剣を教授していくことになったのではないだろうか。
      この場面はおれに強い印象を与えた。土地に根ざして太古から暮していた土着の民の前に新たな生活があらわれ、紆余曲折を経て二つの文化が融け合ったように見えたのだ。縄文の地に弥生の民が来たとき、アイヌモシリ(大地)に和人が来たとき、インディアンの大陸に白人が来たとき、最初はともに智恵と技を出し合って協力していたように・・・。


      よりよく体を使っていくこと、体の声を聞くこと、それはより良く生きていくうえで大切なことだ。
      ある修験者が言ったという言葉を思い出す。
      「修行というのはね、頭が体から教わることなんだよ」

      体は地(つち)から生まれて地(つち)に還っていく。体をとおして大地から学ぶ技術が、いまも伝えられている。



      ※今回高水山の獅子舞いを観に行ったのはまったくの偶然からでした。獲った鹿の肉を仲間うちで一緒に食べたとき、来ていたひとりに獅子舞いのくるい手がいたのです。獅子舞い話に花を咲かせていましたが、まさか翌日に当の獅子舞いを披露するお祭りがあるとは、出来すぎていて一瞬信じられない思いでした。
      この縁を紡いでくれたひとと、生涯のおわりにその体を我が家に残していってくれた鹿に感謝を念じます。

      高水山の獅子舞いは高水山古式獅子舞保存会によって伝承され、毎年四月の第二日曜日に青梅市高水山常福院にて披露されています。
      参考ホームページ:高水山古式獅子舞

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      鹿舞い(ししまい)   (2006.09.26)
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      | | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      猟期前
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        猟期が近い。
        罠を仕掛けるための準備をいろいろと教わるため、熊つぁんのお宅を訪問した。夕刻に到着し薪ストーブが温まったころ、毘沙さんと梵天丸くんもやって来た。大蒜たっぷりの鹿肉炒めを肴にしながら、罠の材料等について確認する。

        罠を掛けるのは、おれは今期がはじめてだ。熊つぁんところで解体はだいぶ自信がついたので、今年から自分でも仕掛けていく。以前に見せてもらった時のことをよく覚えているから仕掛けること自体は問題ないと思うのだが、道具の確認、そのほか他の狩猟者への気遣いなどについて教わることがあった。罠猟においておれが心配している、狩猟犬が掛かってしまう可能性だ。銃猟は昼間だけに限られているから、毎日朝から夕刻までの時間は罠を取り外そうかとも考えていたが、「そんなことじゃモノ(獲物)がかからないよ」と熊つぁんに一笑されてしまう。鼻の利く獣たちから人の匂いを隠さなければならないのに、毎日人臭を付けに行くようなもの。考えてみればその通りだ。
        必要に応じては罠が作動しないような工夫と、地元の猟グループの人と連絡を密にとって事故のないように心掛けることだと教えられる。

        止どめ用の槍は出来た?と毘沙さんが訊く。まだなのだが、作る段取りについては構想が練ってあって、来月に入れば作り始められるだろう。最近なにかと忙しかったのだ。
        熊つぁんが猪にナイフで止どめを刺した時のことを、見ていた毘沙さんが語ってくれた。ナイフさばきが上手いのだろう、スッという一閃で静かに息をひきとったという。
        鶏の解体をおれに教えてくれた毘沙さんだが、屠るという行為には人一倍抵抗を持っている。猟に関心を持ちつつも、その抵抗ゆえに自分で行うつもりはいまのところ無いようだ。その毘沙さんが、安らかに逝ったように見えた、という熊つぁんの手際がしのばれる。


        その命に終わりをもたらそうと近づいて来る人間を見て、獣は激しくあらがう。血走った眼でにらむようにしながら、体当たりしても来る。そのちから強さと、なによりも生きることへのエネルギーは、かれの命を獲ることが真に必要なのかどうか、幾度とない問いかけをおれに生まれさせる。
        おれは獣たちが好きだ。木も草たちも。その命を得ることで自分が生きているということをほんとうの意味で理解し、それら沢山の命に見合った生き方をしてゆきたい。貰った命にとってもっとも善いために、なにが出来るのかと。

        澄みわたった星空、冷ややかで白い月光の映えるなか、鹿の声が大気を裂くように響く。
        ふと、昔習った鬼剣舞を踏みたくなっていた。
        鬼剣舞の「鬼」とは死者を指す。反閇(へんばい)という地鎮の法が踊り念仏と結びついたのは、ごく自然なことだったろう。

        生きるための主な糧となった鹿たちを祀る鹿舞い(ししまい)も、先祖を祀る鬼剣舞も、大地との繋がりをたしかめる、ネイティブの魂が宿っている。
        | 狩り | 22:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        鹿舞い(ししまい)
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          獅子舞の練習が始まった。
          部落の神社のお祭りのとき、社の前で奉納するのだ。
          この村に住みはじめの一年目から、見よう見まねの笛でおれも参加している。いままで習う機会がなかったもののいつか笛を吹けるようになりたいとずっと思っていたから、来たりもんのおれの参加をこころよく受け入れてもらえた時は嬉しかった。
          当初からいろいろ面倒を見てくれている山小師(ヤマオジ)は部落一の吹き手で、夜教えてやるから家に来い、と毎晩の晩酌をおあずけにして待っていてくれたものだ。酒が入ると息が続かなくて上手く吹けないという。

          そして、今年は獅子も習う。笛の曲目も覚えきっていないのに僭越だという思いがすごくするのだが、部落のすり手がだいぶん年配のため、今習っておかないと覚える機会を永遠に失してしまうかも知れないのだ。
          すり手―――地元ことばで獅子舞は「舞う」でも「踊る」でもなく「する」という。腰を低く落とし、地面を這いずるこころもちで演じることを強調しているのだろう。


          ところで、一口に獅子舞いといっても「獅子」ではない「しし舞い」もあると、おれは考えている。独り考えなので正しさは保証しないけれど、以下に述べてみて諸説の交流を求めたい。

          「獅子」はいわずもがな中国から来た語でライオンのことだが、更なる語源はペルシア語だともいうらしい。中国文化の多くは西方起源のものがあるからそれもうなづけるが、獅子にまつわる伝承も西方から来たと考えて間違いないと思う。その伝承とは、獅子は死者を護る、というものだ。エジプトのスフィンクスはあまりにも有名だが、獅子(もしくは獅子体)の墓守は近東や中央アジアにも数多く出土している。それは中国文化にも、葬儀の時には獅子舞いをするというかたちで伝わっているのだ。

          では本題の日本の獅子舞いについて。
          日本にも中国伝来の獅子舞いはあるが、うちの地域で行われているしし舞いは獅子ではなく鹿なのである。百年以上前から使われているという「しし頭」も、雄じしは角を持ち、雌じしにはない。このことからも「獅子」ではなく、岩手の鹿踊り(ししおどり)のように「鹿」であることがわかる。
          「しし」というやまとことばは、「ししむら」、つまり「肉」を指す。ゐーっ(ウィー)と鳴くのはゐのしし→猪、かーっと鳴くのはかのしし→鹿という具合。いにしへから鹿や猪の肉を重要な糧としていた弓の島のひとびとは、彼らのことを「肉」→「たいせつな食べ物」と呼んだ。そのほかにも名前をつけていたと思うのだが、日常の生活で使われている呼称はこれだった。
          狩猟採集を主な糧とするひとびとは、自分たちのいのちと成る生きものをおのが手にかけて「いただく」が、そのとき必ずお返しの贈り物をする。木を切り倒したときにはその切り株の元に苗を植えるとか、山の恵みを貰った時に削り花(アイヌの言葉でイナウ)を捧げたりするならわしはごく最近まで普遍的なもので、あまり知られなくなってはいても現在も絶えることなくおこなわれている。
          そして日常の主な糧となっているものに対しては、年に一度というように周期的に「まつり」をおこなった。しし舞いは鹿たちに捧げた、感謝と繁栄を祈る奉納の舞いなのだ。

          この地域でのしし舞いは三頭の鹿(しし)と、囃し手一人の、四人で陣を組んで「する」。山岳信仰を根本とする陰陽道の反閇(へんぱい)を取り入れた鬼剣舞のように、大地を踏みしめ魂を鎮め、邪気を祓いながらすべての繋がるものたちのために祈るそれは、中国の獅子舞いよりもインディアンやアフリカの踊りをおもわせる、捧げの踊りだ。
          縄文時代からつづいている魂送り(たまおくり)の儀式。ひとびとはいのちを与えてくれる山やまへの感謝をあらわし、またこのやまで生きていくために必要な体――術を練った。

          ・・・・・・そんなことを思いつつ参加しているのだが、村の人はむろんこんな理屈は気にもしていない。ただ幼少時から慣れ親しんできた笛の音を思い出し、昔の年寄りが「もっと腰を低く落とせ!」と厳しかったことや、何々集落のなにがしは炭焼きの合間にひとりでししをすって練習していた、さすがに上手かった、などと、語り合っては酒を飲む。
             


          お祭り当日
             



          ※関連記事
          高水山獅子舞見学  (2009.04.19)
          猟期前   (2007.10.25 )

          | | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |